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王妃オリュンピアス―アレクサンドロス大王の母
森谷 公俊
紀元前316年、マケドニアの実権を握ったカッサンドロスはアレクサンドロス
大王の母オリュンピアスを処刑し、大王の異母妹テッサロニケと結婚します。
そして翌年、2つの都市を建設し、それぞれに自分と妻の名前をとって、カッ
サンドレイア・テッサロニキと名づけます。
結婚した時カッサンドロスは30代半ば、テッサロニケも30歳ぐらいでした。
王族の娘でこの年まで独身でいるのは異例のこと、彼女は実の母の死後オリュ
ンピアスに育てられるのですが、義理の母は権力を持つ者が出るのを怖れて
彼女の結婚の世話はしませんでした。そして実権を握ったカッサンドロスと
の半ば強制された結婚、血の繋がりはないとは言え、母のように育ててくれ
た人を処刑した男を夫にしなければならない彼女の心境は、さぞ複雑だった
でしょう。
カッサンドロスはテッサロニケとの間に生まれた息子に上から順にフィリッポ
ス、アンティパトロス、アレクサンドロスと名づけますが、どうもこの名前の
つけ方が彼の王朝を滅ぼす原因になったように思えて仕方ありません。
長男のフィリッポス、これはアレクサンドロスの父フィリッポス2世にちなんで
名づけられたのでしょう。テッサロニケもフィリッポス2世の娘ですし、マケド
ニアで強大な軍隊を作り上げた王として死後も尊敬を集めていたはずです。
次男のアンティパトロス、これはカッサンドロスの父と同じ名前です。祖父の
名前をつけること、しかも大臣でしたからこれもマケドニアではよくあること
だったのでしょう。ただ、アンティパトロスは死ぬ時カッサンドロスではなく
後継者のポリュペルコンを後継者に指名しました。なぜ自分が選ばれなかった
という父に対する深い葛藤が生まれ、さらにカッサンドロスは自分の支持者
を集めて再び実権を取り戻すために大変な苦労をしています。最後の最後で
自分を認めずに死んだ父の名前を息子につけるというのは、名前を呼ぶたびに
それを思い出してしまう大変なことだと思いました。
そしてテッサロニケにとって、次男につけられたアンティパトロスという
名前は、育ての母オリュンピアスが散々悪口を言っていた名前です。テッサ
ロニケが子供の頃からずっと母の最大のライバルがアンティパトロスであり
彼やその息子カッサンドロスがいかに腹黒で陰謀を企んでいる人間か、たっぷ
りと聞かされて育っているはずです。
それでも彼女の息子が2人だけならば、まだ救いはあったかもしれません。でも
次に生まれた三男はアレクサンドロスと名づけられます。テッサロニケにとっ
てアレクサンドロスは誰よりも偉大で一族の希望だった兄であり、同じ名前を
つけられた三男をその生まれ変わりと信じて溺愛してしまうのも無理はない
と思います。彼女は心から夫カッサンドロスを愛するということは、きっとな
かったでしょう。そしてアンティパトロスと名づけられた次男に対しても、自分
の子でありながら名前を呼ぶたびに母の言葉を思い出し、無意識のうちにもよそ
よそしくなってしまったのでしょう。
カッサンドロスの心はどうだったのか。もちろんテッサロニケと結婚したのは
王家と血の繋がりをつくりたいためであり、自分の子を正統なマケドニア王
にしたかったからでしょう。そのために彼はアレクサンドロス大王とロクサネ
の子、まだ12歳ぐらいの少年を部下に命じて殺させていますし、大王とバルシ
ネの子もポリュペルコンと取引をして殺させています。アレクサンドロスの血
筋を根絶やしにしながら、それでも王宮には遠征の戦いを描いた絵を飾り、息
子に王家にちなんだ名をつけています。そして建設した2つの都市のうち1つに
妻の名をつけています。テッサロニキだけが二千年以上もの時を経て今日まで
残り、もしかしたらカッサンドロスは自分の名前は消えても妻と子の名前だけ
は永遠に残したいと願った、と考えてしまいました。
オリュンピアスを処刑したカッサンドロスは、妻の心が自分に向けられること
はないとわかっていたでしょう。それでも彼女にちなんだ名前を都市につけ、
子供達に自分が知っている最も偉大な人物の名前をつけました。父アンティ
パトロスだって、どれだけ偉大な人間だったかわかっていて、子供に同じ名前
をつけたのでしょう。彼は自分の代で混乱をおさめ、マケドニアを安定した
国にいたかったのだと思います。そのためには王家の血筋を根絶やしにすると
いう最も恨まれる仕事もしなければなりませんでしたが・・・
テッサロニケと結婚してから約20年後、カッサンドロスは50代半ばで病死し
ます。後継者の争いで敗れた他の将軍に比べれば長生きだけど、80歳まで生き
た父アンティパトロスに比べればまだ若く働き盛りの年齢で突然死んでいます。
もしかしたら、彼の死は暗殺?それも家族間の中で誰かが?などと疑いたくも
なりますが、歴史の本にはこれ以上のことは書かれてないので推測するのみ
です。
この先は全く根拠のない私の推理ですが・・・
19歳の次男アンティパトロスは、長い間その機会を狙い、父カッサンドロスと
兄フィリッポスに毒を盛って殺害することに成功した。弟だけを溺愛し、自分に
は決して愛情を注いでくれない母テッサロニケ、その愛を取り戻すためには、
母が憎む父を殺すしかないと思い込んでしまったのだ。兄もまた父のいいなり
だったので、別の機会に殺した。これで自分が王位につき、母に最高の位を与え
ればきっと喜んでもらえるだろう。
「母上、私はまだ年も若く未熟です。母上が摂政となり私を助けてください」
「あの方だけでなく、フィリッポスまでこんなに早く失うなんて・・・今の
私は気も狂わんばかりの悲しみに包まれ、とても政治を行うなどできません」
「兄上は弱い人間でした。父上の言いなりになるばかりで・・・そんなことで
はマケドニア王として国をまとめることなどできません。父上の死で、あれほ
ど動揺するとは・・・」
「アンティパトロス、そなたは父や兄の死に少しも動揺していませんでした
ね。もしや・・・」
「母上は父上を憎んでいらっしゃいました。父上が亡くなられた夜、母上は
ほっとした顔をされていました」
「私がそのような顔を・・・まさか、そなたは・・・」
「母上は長間苦しんでいました。私がそのかたきをとったのです」
「フィリッポスは・・・フィリッポスもそなたが・・・」
「兄上では国を治めることはできません。母上、私が王になってからは・・・」
「なんて恐ろしいことを・・・そなたは父と兄を殺し・・・そのように血で汚れた
者をマケドニア王にするわけにはいきません。すぐに真相を追究し・・・」
「そしてアレクサンドロスに王位をつがせるのですか。母上に誓います。私は
けっして弟を亡き者にしようとはしません。兄弟2人で協力して・・・」
「いいえ、そなたはいずれアレクサンドロスまで・・・なんて恐ろしい、誰か
誰か来て頂戴!皆の前で真実を明らかにするのです」
「母上、お願いです、私はあなたの実の子供です。どうか信じてください」
「いいえ、そなたはもう私の子ではありません」
テッサロニケは出て行こうとし、アンティパトロスはその背後から短剣で刺した。
すぐに人が集まり、自分の犯行を隠す余裕はなかった。血を流して倒れ、意識が
遠くなっていくテッサロニケの耳に、聞きなれた声が聞こえた。
「テッサロニケ、かわいそうな私の娘、あの男カッサンドロスに愛されたばっか
りに・・・あの男は本気でお前を愛していた。それなのに自分の息子に殺され
るとは・・・ホホホ、あの男はこれを知ってどんなに悲しむかしら、お前のこと
愛していたからねえ・・・」
ーここまですべて妄想です。
母を殺したアンティパトロスとアレクサンドロスは兄弟で激しく争い、どち
らも死んでカッサンドロス朝は短命に終わってしまいました。ただ、テッサロニ
キという街の名前だけが今も残っています。