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    草津温泉

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      JUGEMテーマ:旅行

       

      ゴールデンウィーク中の祝日でない日に草津温泉に行って

      きました。

       

      1日目、予定では軽井沢を通っていくつもりでしたが、午後

      から雨が降りそうだったので、伊香保から行くルートを選び

      ました。途中道の駅で休憩してお昼前には泊まる予定のホテル

      に到着、その少し前からかなり雨が降ってきたのでそのまま

      レストランで昼食を食べました。

       

      その後、雨が降る中熱帯園へ、温泉地によくある動植物園です

      が、そこはすごく昔からあるようなレトロなところでした(笑)

      少したって雨も止んだので「湯畑」にも、車で行くと道が狭く

      て急斜面で大変、少し離れたところに車を止めて歩きました。

      お土産物屋さんがたくさん並んでいていい雰囲気、そこではコン

      ビニも黒と白で渋く周りの建物と調和していました。

       

      ホテルにチェックインして大浴場へ、部屋からお風呂までかなり

      歩くことになるけど廊下にたくさんの絵やリトグラフが飾って

      あっていい雰囲気でした。夕食のバイキングも特別豪華な食材は

      なかったけど(エビやカニなど海のものが苦手な夫にはその方が

      都合がいい)品数も多くいい味でした。

       

      夕食後にまたまた大浴場へ、若いころや子連れの旅行では観光や

      ホテル内のプールに入るのに忙しくてお風呂なんて1回しか入ら

      なかったけど、年を取ると温泉につかるのが最大の楽しみになり

      ます(笑)人も少なくてサウナもほぼ貸し切り状態でした。

       

      その時受け取ったメッセージは

      「必要なもの(こと)は必要で、必要ないものは必要ない」

       

      なんのこっちゃ(笑)要するに必要なものは自然と与えられるし

      必要ないものはいくら張り切って予定してもうまくいかない、人間

      関係も自然消滅してしまうんだなと思いました。そして必要なもの

      を見極めるためには整理が必要、家に帰ったら片づけをしなければ

      と思いました。私はメッセージは映像や音として直接感じるのでは

      なくぼんやり頭に浮かぶだけなので妄想との区別がつきにくい、

      だからスピリチュアルなことを仕事にしたりそれで人の注目を集め

      ることもできない、でもそれは必要ないからなのでしょう。

       

      翌日の朝食バイキングも素晴らしかったです。でもおいしいからと

      言って食べすぎるのではなくちょうどよい量だけに抑える、年を

      とってからは口ではなくおなかと相談して食べるようになりました。

       

      ホテルで気に入ったリスのぬいぐるみとそのほかお土産を買い、

      天気よかったので白根山のロープウェイへ、山の上の方はまだかな

      り雪が降っていて雪山の絶景を楽しみました(かなり寒かった)

      そして軽井沢方面へ向かい鬼押し出し園へ、そこは真っ黒な溶岩

      の世界です。どちらも夫がすごく喜んで写真をたくさん撮っていま

      した。軽井沢に入ると林の中にすてきなレストランがたくさんあり

      ましたが、雑誌に載っているような有名な店はものすごく混んで

      いる、あきらめて高速に入ってから遅い昼食をとり家に帰りました。

      ステラ * 旅行 * 21:47 * comments(0) * trackbacks(0) * -

      お正月の旅行

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        JUGEMテーマ:旅行

         

        新年あけましておめでとうございます。今年もよろしく

        お願いします。

         

        お正月は家族で伊豆に行っていました。今回は西伊豆中心

        の旅行です。

         

        1日目のランチは雑誌で見たイタリアンレストランに行き

        ました。今回の旅行で私が1番楽しみにしていたところです。

        雑誌に載っていただけあって結構混んでいました。少し待って

        やっと席に案内されました。メニューを見て悩みに悩んだ結果

        魚料理のアクアパッツアを注文しました。家族も迷っていたの

        ですが、私とは悩む内容が違う(笑)知っている料理や食べら

        れるものが少ない(好き嫌いが多いから)結局よく行くファミ

        レスにあるパスタを注文していました。そして前菜盛り合わせ

        もつけていました。繊細な味付けに私はうっとり、でも夫はあっ

        という間に食べ終わり「量が少ない」続いてきたペンネのパスタ

        は「硬すぎる、○○の方がおいしい」と渋い顔、他の家族も似た

        ような感じでした。せっかくおいしいものを食べても周りの反応

        がこうだと居心地悪いです。ここで得た教訓、「おいしいもの、

        珍しいものを食べるときは友人と、家族とはいつものレストラン

        が無難」

         

        次に遊覧船に乗る予定でしたが、波が高くて中止、近くのお土産

        物屋さんを見て回りました。熱海や伊豆高原など東伊豆は次々と

        新しいテーマパークや博物館、道の駅などができているのですが

        西伊豆は自分が子供のころ、家族で海水浴に行った頃と店の雰囲気

        や売っているものが似てる感じ、何十年も前にタイムスリップした

        かのような感じでした。車で移動中も眺めの良い展望台がたくさん

        あるのですが、ほとんど人がいなくてすいていました。展望台から

        は海と富士山、そして南アルプスの山々がよく見え、思いがけず

        夫が大感激してスマフォで写真を撮りまくっていました。正直私

        は少し出かければ富士山が見えるとこなどいくらでもあるからそれ

        ほど感激しないのですが、外国人の夫には(20年以上日本に住ん

        でいるので、富士山は何度も見て登ってもいるのに)特別な景色に

        思えるようです。

         

        ホテルでは、温泉や部屋からの景色は気に入っていたようですが、

        食事は苦手な海のもの中心だったのでかなり不満を持っていまし

        た。同じ海のものでも刺身などは最初からなんだかわかるから苦手

        なものには決して手を出さないので安全、でも洋食だとソースを

        見ただけでは何が使ってあるかわからない、アメリケーヌソースと

        いうエビのだしが濃厚なソースがかかった魚を知らずに1口食べて

        しまって大騒ぎしてました。私もえびかには好きでもアメリケーヌ

        ソースな苦手でソースだけ残してしまった、アメリカ人はこんなに

        濃厚な味が好きなのでしょうか?

         

        翌日、金山によって、金箔のついたケーキやおかしを大量に買いま

        した。同じものでも金箔がついているだけでありがたく感じるから

        不思議です。ホテルの朝食はバイキングだったので安心して自分の

        好きなものを選べました。自分では作れないおせち料理もたくさん

        食べ(ここでも家族は珍しいものには手を出さず、食べなれたいつも

        のものを食べていた)景色のよい海岸線を回りました。西伊豆の北の

        方の海岸線はかなりの山道でカーブが多い、メインルートにはならな

        いわけです。でもこんな場所にと驚くようなところにペンションや

        カフェがあったりもしました。途中水族館にもより、イルカショー

        などをぼーっと見て(子供が小さいときは感激して見ていたショーも

        大きくなるとなんとなく見ることになる)帰りました。

        ステラ * 旅行 * 11:16 * comments(0) * trackbacks(0) * -

        滝と温泉

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          JUGEMテーマ:旅行

          ゴールデンウィークに袋田の滝を見に行ってきました。
          滝近くの温泉で1泊、今回は子供達は参加せず私と夫
          それに私の父を誘って大人だけの旅行でした。

          大人だけだったのであちこち観光地やテーマパークには
          行かず途中道の駅に寄ったくらいですぐに目的地の滝へ
          行きました。この途中で寄った道の駅、新しくできたばか
          りだそうで、それまで山の中ほとんど家もないような道を
          車で走っていたのに突然渋滞、駐車場に入るまでかなり
          時間がかかりました。でもそこで食べたアユのアクアパ
          ツァがすごくおいしかったです。その時までアユは塩焼き
          でしか食べたことなかったけどオリーブ油やトマト味とも
          あっていました。

          袋田の滝、さすが観光名所とあってすごく混んでいました。
          でも周りをよく見ると連休なのに子供連れの家族や若い人
          はあんまりいなくて年配の方(自分達もそうだけど)か外国
          人(ツアーできた?)がほとんど、やっぱり滝は年を経た
          方がしみじみ感動できるのかなと思いました。滝を見ていつ
          も不思議に感じるのは周囲にそれほど高い山があるわけでな
          いのにこの大量の水はどこから来るのか、そして滝壺を出て
          流れている川の水がどう見ても少ない、いったいどこへいっ
          てしまったのか不思議です。

          熟年の旅なので、早めにホテルにチェックイン、明るいうち
          から温泉につかりました。そして夕食、実は私の夫と父は
          魚介類に関する好き嫌いが多い、山の中だからそれほど海の
          ものだらけで食卓が埋まっていることはないだろうと考えて
          いて、2人が食べられるものはそれなりにあったのですが、
          メインはアワビがどーんと(笑)私が3人分食べることにな
          りました。正直アワビはちょっとだけ食べてこそありがたみ
          がわかるもの、たくさん食べると飽きてしまいます。でもも
          ったいないから全部食べました。それ以外にも家では絶対作
          らない珍しいものが次々運ばれてきました。夫と父は決まっ
          たものばかり手をつけて未知のものは絶対食べない、だから
          何でも食べられる私がいろいろ引き受けることになります。

          夕食後は本を読んでいました。旅行の時は暇になるので本を
          読むのがお勧めです。それも読みたいと思っているのになか
          なか手をつけられないもの(難しいとか分厚いというわけで
          はないけど)を1、2冊だけ選ぶとそれしかないから強制的
          に読めます。

          翌朝、朝食はバイキングでこれまた温泉卵とか手造りとうふ
          なんていう魅力的なものがずらりと並んでいる、ダイエット
          を忘れて少しずついろいろな種類のものを取りました。夫は
          やっぱり慣れないものに手を出さないから同じようなものだ
          けを大量にとってくる、まあ人のことはほっときました。
          そして青いネモフィラの花を見るために海浜公園へ、少し時期
          が過ぎていて満開というわけにはいかなかったけど、それでも
          見渡す限り一面に咲く花に感動しました。青い花がこれだけ
          たくさん咲いている光景はそんなにないと思います。子供達へ
          のおみやげ(チーズケーキとか食べるものばかり買っていた)
          を買って家に向かいました。
          ステラ * 旅行 * 21:02 * comments(0) * trackbacks(0) * -

          お正月の旅行

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            JUGEMテーマ:大晦日/お正月

            新年、あけましておめでとうございます。
            今年もよろしくお願いします。

            12月31日から1月1日にかけて1泊2日で千葉県
            に旅行に行ってました。今回は長男が31日まで仕事で
            車を使うのでレンタカーで行きました。夫は希望の車が
            借りられなかったとブツブツ言っていましたが、私に
            とってレンタカーは最新版のナビがついているので助手
            席で寝てられる(笑)とっても楽でした。高速道路なん
            て毎年変わっているから数年前のナビ情報だと全然役に
            立たず首都高でいつも苦労しているのです。車の種類や
            色なんてなんでもいい、レンタカー万歳です。

            最初に鋸山にロープウェーで登りました。私としては
            展望台から景色を見ておりるつもりだったのですが、
            実はあの山は石仏とか観音様とか見所がたくさんあっ
            たのですね。外国人の夫と日本史大好きな次男は張り
            きってどんどん歩いていくけど、私は日本のお寺や神社
            にあんまり感動できない(某テーマパークにあったスペ
            インのお城を再現したものにすごく感動していた)長い
            石段を登ったり降りたりは拷問のようでした。昔は山登り
            のクラブに入っていたのですけど、今はもう全然ダメで
            す。

            そしてホテルへ到着、お正月でバイキングの料理も豪華
            なのにこの値段でいいの?と思ったホテルはかなり古い
            感じでした。きっとできた当時は最新リゾートホテルだ
            ったのでしょうけど、「昭和」なのです。テレビとか部屋
            のつくりとか・・・私は古いホテルでいっこうに構わない
            けど、夫と次男は文句を言いまくっていました。でも古い
            ホテルというのはちょっと薄暗いので霊的なものと繋がる
            には都合がよいのです。それは別にオバケが出るとかそう
            いうことではなくてスピリチュアルな存在、ガイドなどと
            繋がりやすいということです。普段は食事の用意や後片付
            けがありテレビを見たりパソコンをいじったりと何かしら
            している、でもホテルの部屋だとテレビは1つしかなくて
            次男に独占されるしパソコンも持ってきていない、本を読
            んでもすぐ眠くなって結局9時間ぐらいベッドの上で寝た
            り目が覚めたりを繰り返していました。睡眠と覚醒が交互
            なるという最適な状況、おかげで去年の反省や今年の目標
            などガイドとたくさん話しができました。

            去年は新しい出会いや体験がたくさんあったけど、それを
            うまく消化できずにあたふたしていただけで終わってしま
            った、今年は仕事でもPTAでも決められたことをこなすだ
            けでなく自分が主導権を握って不満に思うことは変えてい
            こう、そんな目標を立てました。そして仕事やPTA活動は
            スケジュールが決まっているし、家事も決まったことはやら
            ざるをえない状況だからやっている、でも自分でやろうと
            決めたこと(スペイン語の勉強など)やらざるをえない状況
            を自分で作り出さない限り一生やらないで終わってしまうの
            で、強引にでもスケジュールに組み込もう、そんなことも
            考えました。

            2日目はフラワーパークに行きました。高校生の次男は相変
            わらシラッとしていましたが、夫は普段見られない花や果物
            の木、鳥などを見て思いのほか喜んでいました。これでホテ
            ルの恨みは忘れてくれたかなと思ったら、このあたり場所は
            いいけどホテルはやっぱり改装が必要だとか言いだす、いえ
            それができないから料理などでカバーしてがんばっているの
            だと思います。バブルがはじけてホテルやペンションがなく
            なったり名前や経営者が変わるということがいくらでもある
            今の時代、変わらないのは素晴らしいことかもしれません。
            ただ、新しいものが大好きな夫や次男と行く時はとりあえず
            設備やクチコミも調べて無難なところを選ぼうと思いました。
             
            ステラ * 旅行 * 21:13 * comments(0) * trackbacks(0) * -

            無理をして行った場所には・・・

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              JUGEMテーマ:旅行

              2月に前世療法を受けてすっかりはまり(初めてではなく去年も
              同じ時期に受けていたが)その後2回ほどその方が主催するワー
              クショップにも参加して過去世体験をしたわけですが、その最初
              の出会いの時は2月に関東地方で記録的な大雪が降った直後でし
              た。キャンセルという言葉も頭をよぎったのですが、予約した日
              にもこだわりがあったので1時間ほど早く家を出て途中あまりの
              渋滞にバスを降りて歩いたりしながらもなんとか少し遅刻しただ
              けで予約を入れたセラピールームにたどり着くことができました。
              苦労したかいあって、その日に見事理想の人と巡り合うことがで
              き(自分の過去世で人生は最後悲惨だったけど人間としては素晴
              らしかった)すっかり舞い上がってしまったというわけです(笑)

              自分の今までの人生を振り返ると、まさに苦労して行った場所に
              こそ運命を変える出会いがありました。

              まず27歳の時、大学卒業後仲良かった友達と年1度ほど泊まり
              がけの国内旅行に行っていたのですが、この年はみんなが結婚す
              る前に1度はヒマラヤを見にネパールへ行こうと話が盛り上がり
              ました(大学では山登りのクラブにいたので)まあみんな社会人
              なので盛り上がってもまさか本当に行くとはたぶん友人達は思って
              いなかったでしょうが、私はなぜか本気になり1番休みが取りやす
              い年末年始に焦点を絞って旅行会社のパンフレット集めをせっせと
              やりました。旅行会社だけでなく山の雑誌に載っていたツアーにも
              問い合わせをして、普通なら2週間ぐらいの旅行日程で行く場所に
              8日間(往復の飛行機も含めて)で行ってしまうという弾丸ツアー
              に申し込みました。

              その弾丸ツアー、直前になって飛行機の席の関係で日程をずらして
              くれと言われながらも、無事実行されました。私と友人以外はガイド
              の人と参加者2人の計7人、そこにネパール人のガイド2人が加わっ
              たツアーでした。現地についてわかったことですが、もともと山に
              慣れた人用に作られたトレッキングコースと日程、それを半分の日程
              でこなそうなんてとんでもなく無理な話で(笑)現地ガイドの人の
              アドバイスを素直に受け入れコースは大幅に変更されました。

              そのツアーで出会ったネパール人ガイドが今の夫です。冷静に考え
              れば絶対無理とわかりそうな弾丸ツアーに友人を誘い説得して参加
              してしまった、普段やらないことをがむしゃらにやってしまった真相
              に無意識が深く関わっていたのではと最近になって思いました。冷静
              さを失い無意識に強く動かされたからこそ今の夫に出会い子供も生ま
              れた、まあそれがよかったのかどうかまだわからないのですが(笑)

              結婚後はしばらく海外に行ってなかったのですが、数年前ある映画に
              夢中になってその主人公の故郷を訪ねる旅というのを計画し実現させ
              ました。その時は小中学生の子供を抱えた主婦が海外旅行なんて無理
              と半分は諦めていましたが、あることがきっかけで実現されました。
              あるテレビ番組でダイエットのための合宿というのをやっていて、夫
              が「これで痩せるならお前も1週間ぐらい合宿に行ってこい」と冗談で
              口を滑らせました。「それならもし私が10キロ痩せたら、1週間好き
              なところに行ってもいい?」「ああ、かまわないさ」夫はもちろん冗談
              で言ったのでしょうが、しっかり約束を取り付けることができました。
              そして半年間、私はダイエットクーキーとかドリンク、さらにはその
              ころはやっていたブートキャンプなんてものも取り入れて、しっかり
              10キロ痩せることに成功しました。無意識がよっぽどそこへ行けと
              命じていたのでしょう。ただ目的を失って数年後、体重はしっかり元に
              もどってしまいましたが・・・・

              無理だと思う場所に行こうとしたり不可能なことに挑戦している時は
              無意識の力や過去世などが大きくかかわっているのかもしれません。
              その力をうまくつかいこなせればいいのだけどなかなかうまくいかず
              ダイエットを繰り返すグータラ主婦のままです(笑)
              ステラ * 旅行 * 10:46 * comments(2) * trackbacks(0) * -

              ギリシャ第2の都市

              0
                JUGEMテーマ:旅行

                ギリシャの首都はアテネということはほとんどの人が
                知っていると思います。でも第2の都市は?と聞かれる
                と答えられない人が多いのではないでしょうか。

                数年前、映画「アレキサンダー」に夢中になって同じ
                ファンの人と知り合い、ついには「アレキサンダーの
                故郷を訪ねる旅」というのを計画して実行しました。
                その時にギリシャ北部にあるその都市へ行く飛行機の
                チケットを購入しようとしたのですが、複数の旅行会社
                でその都市の名前だけ告げてどのように乗り継いだら
                行けますかと聞いたところ(日本からの直行便はない
                ので)少し間があってから
                「それ、どこの国ですか?」
                と聞かれました。旅行会社の人すら知らない名前の都市
                ですが、2000年以上前に作られ、その名前は聖書に
                も出てくるのです。

                正解は「テッサロニキ」ギリシャ北部にある第2の都市
                で国際線の空港があり、アレキサンダー関係の遺跡を見
                るには必ず通る玄関口でもあります。

                テッサロニキという名前の都市を作ったのはアレキサン
                ダーの死後マケドニアの王になったカッサンドロスです。
                彼は自分が支配権を握るために陰謀とか暗殺とかいろいろ
                やっていますが、アレキサンダーの妹(母は違う)と結婚
                してマケドニアの王位を継ぎました。その王妃の名前が
                テッサロニケです。カッサンドロス朝マケドニアはその後
                すぐ息子の代で兄弟争いがあって滅んでしまいますが、
                テッサロニキはちょうど交通の要所であったためその後
                同じ場所、同じ名前で目立たずとも続いて聖書にもその
                名前が登場します。

                「アレキサンダーの故郷を訪ねる旅」は何かに憑かれた
                ように勢いで行ってしまったのですが(そして行った先
                でしっかり誰かの魂に憑かれたのか過去世でも思い出し
                たのか、旅行中は体調は悪かったけど)最近になって
                フラワーエッセンスの勉強や過去世を調べている中であ
                らためて思い出しています。
                ステラ * 旅行 * 10:56 * comments(2) * trackbacks(0) * -

                ギリシャ第2の都市

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                  JUGEMテーマ:旅行

                   ギリシャの首都アテネはほとんどの人が知っていると思いますが、第2の都市は?
                  と聞かれるとかなり世界史や地理に詳しい人でも首をかしげるのではないでしょうか。
                  私も学生の時卒論のテーマで古代ギリシャを選んだはずなのに、この都市のことは
                  おそらく聞いたことぐらいはあるのでしょうけど、まったく意識していませんでした。

                  ギリシャ第2の都市、正解はテッサロニキです。

                  この都市について意識したのは映画「アレキサンダー」を見て感激し、いつか生まれ
                  故郷のペラやアイガイの遺跡に行ってみたいといろいろ調べ始めてからです。関係する
                  遺跡に行くにはこの都市が拠点となる、でもギリシャ周遊8日間とか10日間など一般的
                  なツアーではまったくこっち方面は訪れてないし、それ専用の歴史ツアーは日数も費用
                  もかかりすぎる、というわけで2年前に個人旅行を計画して行きました。

                  生まれて初めて降り立ったヨーロッパの街(イタリアのミラノで飛行機の乗り換えをした
                  けど)テッサロニキ、ギリシャと聞いてイメージする白い建物や巨大神殿などの遺跡は
                  街中にまったくなく、海は近くにあるけどエーゲ海ブルーではない、建物の色や街を歩く
                  人の顔つきが違うから日本でないことは確かだけど、あんまりギリシャらしくないです。
                  それでもアリストテレスという名の通りが街の中心にあって哲学者の銅像があり、海辺
                  の公園には大きなアレキサンダーの銅像があり、ここが故郷の街だということを思い出
                  させてくれます。でも銅像の周りで興奮して写真を撮っているのは私たちだけ(笑)、アリ
                  ストテレスの銅像前には犬が寝ているし、アレキサンダーの馬に乗った銅像はとても
                  大きく、周りには武器や兵士の姿を彫った大きなレリーフまであるのに、街の人はごく
                  あたりまえに通り過ぎ、だれも足を止めようとはしませんでした。

                  テッサロニキという名の都市を作ったのはアレキサンダーの死後マケドニアの実権を
                  握ったカッサンドロス、映画では美形の俳優さんが演じていたのでうっとり見ていました
                  が、複雑な後継者争いの中アレキサンダーの母オリュンピアスを処刑し、王家でただ
                  1人生き残っていたアレキサンダーの異母妹テッサロニケと結婚して王位継承権を主張
                  ついにはアレキサンダーとロクサネの子、大王の死後生まれ12歳くらいに育っていた
                  少年王までひそかに殺して自分が王となる、かなりすごいことをやっている人物です。

                  王となったカッサンドロスは自分の名前にちなんでカッサンドレイア、妻の名をとって
                  テッサロニキと2つの都市を建設しました。アレキサンダーが遠征途中あちらこちらに
                  アレキサンドリアという都市を作ったのに比べれば、カッサンドロスは自分の名前の
                  都市は1つだけとひかえめなのかもしれない(笑)でもそれだけ苦労して自らの手を
                  汚してまでたてたカッサンドロス朝はその後息子の代で王位をめぐって兄弟が激しく
                  争いあっという間に滅びてしまいました。アンティゴノスの孫が混乱をおさめて王朝を
                  たて、その後安定した政治が続いたので、世界史の教科書にはプトレマイオス朝エジ
                  プト、セレウコス朝シリア、アンティゴノス朝マケドニアと書いてあり、カッサンドロスの
                  名前はどこにもでてきません。いえ、日本の教科書だけでなくテッサロニキの街中や
                  博物館などでも、建設者カッサンドロスの銅像や肖像画、その他関係ありそうなものは
                  2日間ざっと見ただけですけど一切見つけることはできませんでした。

                  激動の時代の中あっという間に滅んだカッサンドロス朝、でもその時につくられ自分
                  ではなく妻の名にちなんだ都市(妻を愛していたからというよりも王家の血をひく彼女
                  の名前を前面に出してマケドニア人にアピールしたいためだったのかもしれないが)
                  2000年以上も同じ場所、同じ名前で残って今日まで続いてきたことは奇蹟に近い
                  のかもしれないと思いました。

                  いろいろなことを考えながら飛行機の中、空から見たテッサロニキの夜景はとても
                  美しかったです。
                  ステラ * 旅行 * 09:05 * comments(0) * trackbacks(0) * -

                  海のエジプト展

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                    JUGEMテーマ:旅行

                    「海のエジプト展」を見に行きました。

                    映画「アレキサンダー」を見て以来関係ありそうな本を読みまくったので
                    「プトレマイオス朝エジプト」についてはエジプトでは有名なピラミッド
                    やツタンカーメンの黄金マスク、ラムセス2世の巨大建築物など以上に
                    興味がありました。でもプトレマイオス朝については最後の女王クレオパトラ
                    以外のことがテレビや雑誌の特集になることはほとんどない、それだけに
                    この「海のエジプト展」はとても楽しみにしていました。

                    それにしてもプトレマイオス朝は名前のパターンが極端に少ない、ファラオ
                    は全部プトレマイオスですし、女王(王妃)クレオパトラとアルシノエ以外
                    は2,3種類あるかどうかという感じ(笑)いくらこの時代に興味があって
                    も最初のプトレマイオス1世と最後のクレオパトラ7世以外は何世がどんな
                    ことをしてどんな人物だったのかさっぱりイメージが浮かばないです。さら
                    に王位をめぐって親族間の争いが絶えなかったとか、プトレマイオス何世か
                    は自分で歩くこともできない巨デブで性格も問題あったなど最初と最後以外
                    はあんまりいい印象がないです。でも今回いろいろな展示物を見て、プトレ
                    マイオス朝エジプトはファラオに関してはいろいろ問題があっても、国とし
                    てはすごく豊かで栄えていたんだなとあらためて思いました。

                    プトレマイオス朝の中で最も多いプトレマイオスとクレオパトラについて、
                    王朝を開いたご先祖様の名前を代々受け継ぐのはわかるのですが、クレオパ
                    トラという名前の女性はプトレマイオス1世の妻の中にはいなかったので
                    は?ここにあるロマンスを感じました。

                    アレキサンダー大王には同じ母から生まれた妹クレオパトラがいました。彼女
                    は母オリュンピアスの弟(つまり叔父にあたる)エペイロスの王と結婚して
                    その式典のさなか父のフィリッポス王が暗殺されてしまいアレキサンダーが
                    王位につきます。その後クレオパトラの夫エペイロス王はイタリア方面に遠征
                    して戦死、アレキサンダーの死後の後継者争いで多くの将軍が彼女と結婚しよ
                    うとしますが(大王の妹なので争いに勝つ1番の切り札となる)婚約した相手が
                    次々と負けて死に、最後にエジプトのプトレマイオスのところへ行こうとして
                    彼女の身柄を確保していた将軍アンティゴノスの命令で殺されてしまいます。
                    プトレマイオスはアレキサンダーが少年の頃からそばにいて一緒に学んだ仲間
                    の1人、当然妹のクレオパトラのこともよく知って密かに思っていても相手は
                    王族で身分が違い過ぎると諦め、後継者争いでエジプトを手に入れ今度こそ王妃
                    として迎え入れようと思ったところライバルに殺されてしまう、せめて彼女の
                    名前だけでも残そうと女の子はクレオパトラと名付けるよう遺言した、そんな
                    ことをずっと考えていました。だから私はクレオパトラという名前でエジプト
                    の女王よりもアレキサンダーの妹の方を先に思い浮かべてしまいます。まあ
                    野心溢れるプトレマイオスのことですから恋心ではなく切り札の1つとして
                    彼女を手にいれたいと望んだのかもしれませんが・・・



                    長々と書きましたがここからがやっと本題、「海のエジプト展」についてです。



                    入口付近で人がずらりと並んでいるということはなかったのですが、会場はかなり
                    広くてしかも混んでいるのでざっと見るだけでも3時間くらいかかりました。説明
                    文も読んでじっくり見ようと思ったら半日はかかると覚悟した方がいいです。さら
                    に石碑や石像など石でできたやたらに大きなものが多い、上ばかり見ていると首が
                    痛くなるので適当に休憩を入れた方がいいです。ちょうどいい場所に椅子がたくさん
                    置いてありました。

                    会場はカノープス、ヘラクレイオン、アレクサンドリアの3つにわかれています。
                    3つとも古代の都市の名前で、アレクサンドリアと同じようにプトレマイオス朝
                    が滅びてエジプトがローマの支配下に入った後も栄え、8世紀ごろ海に沈んだよう
                    です。ツタンカーメンのマスクのような王の墓からの出土品ではないので、派手な
                    黄金の細工物はあまりないのですが(指輪や金貨などもすごく小さい)石像や石碑
                    など石でできたものがたくさん展示されていました。きっと都市は徐々に衰退して
                    金や宝石など金になるものは持ち出され、運ぶことができない巨大な石像、そして
                    器も日常生活で使われるようなものだけが大量に残され、その後海に沈んだので
                    しょう。残念ながら目もくらむような金銀財宝は展示されてなかったのですが、昔
                    の生活をしのばせるものがたくさんありました。

                    巨大な石像を見ていると、プトレマイオス朝は支配者の王族はギリシア人だけど
                    やっぱりエジプトにあった国なのだなあと感じました。広い海と砂漠に囲まれた
                    3つの都市、砂漠の中ナイルという河のほとりに栄えたエジプトという国では支配
                    する民族が変わっても人間はとにかく大きなもの、壊れないものを作りたくなり
                    それが石像や石碑となってたくさん残ったのかと思いました。そして石像も遠く
                    から見るとエジプト風なのですが、顔や衣裳のひだなどはギリシャ風で不思議な
                    感じがしました。エジプトの神とギリシャの神をミックスしたようなセラピス神
                    が信仰の対象になったり、エジプトの神がほとんどギリシャの神にもあてはめられ
                    ていたり、それがまた全能の神アメンはゼウス、太陽の神ラーはヘリオスにと役割
                    や神話が似ている神をそれぞれあてはめているところがすごいと思いました。
                    海に沈んだ都市の発掘、研究が進めばこれから先もっと興味深いものが発見される
                    のではないかと楽しみです。 
                    ステラ * 旅行 * 16:03 * comments(0) * trackbacks(0) * -

                    アレキサンダーの銅像

                    0
                      アレキサンダー 通常版 [DVD]
                      アレキサンダー 通常版 [DVD]

                      JUGEMテーマ:旅行


                      ゴールデンウィークに友人と会う約束をしているので、数年前に行った
                      海外旅行の写真を整理しました。

                      「アレキサンダーの足跡を訪ねる旅」ということで訪れたギリシャ北部
                      のテッサロニキとトルコのイスタンブール、生まれ故郷のペラの玄関口
                      になるテッサロニキにはいくつかの銅像がありました。

                      テッサロニキ駅にあったものはどうもイメージが違うなあ(笑)という
                      ことで写真は1枚しか撮りませんでした。実は私、世界史の教科書にも
                      出てくる有名なイッソスの戦いでのモザイク画もアレキサンダーの横顔
                      はイメージが違うとずっと思っていました。あの絵の元になっている絵
                      は後継者争いの後マケドニアの王となったカッサンドロスが画家に描か
                      せて王宮に飾っていたもので、彼はアレキサンダーをよく知っていたの
                      で一番正確に風貌をとらえた顔になっているのかもしれないのですが、
                      大王やその母オリュンピアスを非常に恐れた人だから画家に命令して
                      イメージを伝える時に絶対主観も入っている(笑)と勝手に思っていま
                      した。まあ私のイメージは大部分がコリン・ファレル主演の映画で作ら
                      れているので、その方がよっぽど主観が入っているのかもしれませんが。

                      でもテッサロニキにはそんな私の主観にピッタリあった、これぞアレキサンダー
                      という銅像もちゃんとありました。海岸近くの広い公園にあって、かなり
                      の大きさのもの、もう感激して前後左右、遠くから全体を撮り近くで細かい
                      部分をズームアップと同じ銅像ばかり数十枚撮っていました。整理してみて
                      こんなに撮っていたのかと自分でもちょっとびっくりです。

                      数十枚撮った中でもベストショットと思った写真を1枚、ここに載せておき
                      ます。





                      ステラ * 旅行 * 08:10 * comments(0) * trackbacks(0) * -

                      フィロタスの生涯(2)

                      0
                        大遠征アレキサンダーの野望―ギリシャからアジアへの旅 (Newton mook―Visual science series)
                        吉野 美耶子,マイケル・ウッド
                        JUGEMテーマ:読書


                        このブログの検索文字を調べてみると、ヘファイスティオンとカッサンドロス
                        の名前は毎回かなり上位になっているのですが、フィロタスの名はランクイン
                        していません。でもいろいろな本を読んだり、自分で考えたりしているうちに
                        私の心の中でフィロタスの存在はかなり大きなものとなり、今では好きな歴史
                        上プラス映画や小説に出てくる登場人物のベスト3に入っていると思います。
                        それだけ自分にとって感情移入しやすい人物というわけです。感情移入しやす
                        いので、いろいろな本から適当に書いてあることを拾ってきて、自分の理想と
                        する人物にイメージを作り上げているところがありますので、このブログは歴史
                        の研究書

                        フィロタスはアレクサンドロス大王の父フィリッポス2世、あるいはその前の
                        時代から活躍していたパルメニオン将軍の長男として生まれます。パルメニオン
                        はフィリッポス2世より20歳ほど年齢が上、フィロタスが生まれた時には40歳を
                        過ぎていたようです。彼には3人の息子、上から順にフィロタス、ニカノール、
                        ヘクトルがいて、3人とも東方遠征に参加しています。

                        アレクサンドロスとフィロタスの年齢差はどれぐらいあったのか、はっきりと
                        したことが書いてある資料はありません。弟のニカノールもアレクサンドロス
                        の親友だったと書いてあるので、弟が同じ年くらい、フィロタスは2,3歳年上
                        だっとというように想像しています。ヘファイスティオンと幼馴染であったと
                        も書かれているので、そんなに年齢差はなく、彼らは皆子供の頃から顔なじみ
                        そしてミエザで一緒に学んでいたと思います。

                        東方遠征では弟ニカノールがかなり大きな隊の指揮官をしていて度々名前が出て
                        きます。3番目の弟ヘクトルの役割については不明、おそらくまだ10代、初陣か
                        それに近いぐらいだったのでしょう。父パルメニオンは副将軍でアレクサンドロス
                        に次ぐ第2位の地位、弟も大きな隊を任されている、そしてフィロタス自身も側近
                        の騎兵隊指揮官、さらに捕虜の護送や偵察といった仕事もしています。東方遠征の
                        最初の頃はフィロタスの一族が軍隊の重要な部分を握り、さらに彼は危険な任務
                        を任されて次々とこなしていき、人生の中で一番華やかな絶好調の時期だったと
                        思います。

                        けれど、何もかもうまくいっていたフィロタスの人生にも次第に暗い影が差して
                        きます。最初に弟のヘクトルが死に、次にニカノールが死ぬ、特にすぐ下の弟の
                        死はフィロタスに大きな衝撃を与えたと思います。父の今までの功績があったと
                        はいえ、若くして重要な地位を任された弟にライバル心を感じながらも、父や弟
                        がよりいい形で戦えるよう危険な偵察を率先して行っていた、この時代に敵が支
                        配する土地を少人数で行動することは実際の戦闘以上に危険だったかもしれませ
                        ん。そうした危険を覚悟で戦ってきたフィロタスにとって、家族や父の期待を背
                        負って今まで活躍していた弟ニカノールの死はそうとうショックだったように思
                        れます。

                        フィロタスは部下に対しては寛大で気前のよい人間だったけれど、同じ側近の仲
                        間に対しては傲慢でみんなに嫌われていたと書かれています。捕虜になった女の
                        前で、自分の手柄を自慢し、アレクサンドロスなど大したことはないと罵ったこ
                        ともあるようです。でも彼らの家族の活躍を考え、そして弟2人を失い父も遠く離
                        れた場所に左遷された寂しさ心の空白を思うと、部下に寛大に物を与え、酔って
                        自分の自慢話や仲間の悪口を言ってしまうのも仕方がないように思われます。

                        そしてある日、アレクサンドロスの身の回りの世話をしていた小姓達が暗殺を計画
                        していたことが発覚し、フィロタスもそれを耳にしていながら誰にも告げなかった
                        という理由で告発されます。誰もが羨む高い地位にいて、しかもみんなに嫌われて
                        いたフィロタスに対して、それまで一緒に学び、戦ってきた仲間達は残酷でした。
                        弟2人は死に、父は遠くにいる、血縁関係のある者や今まで親しくしていた者も自分
                        が罪を問われることを怖れて彼をかばったりはしません。最後の望みをかけてフィ
                        ロタスは一緒にミエザで学び、幼馴染でもあったヘファイスティオンに助けを求め
                        ます。

                        その時ヘファイスティオンのとった行動を本で初めて知った時のショックは忘れら
                        れません。それまで私はずっとヘファイスティオンはフィロタスの命を助けること
                        はできなかったけど、心の中で助けたいと思っていたと信じていました。でも史実
                        は逆で、ヘファイスティオンはフィロタスを残酷な拷問にかけ、自白させている、
                        それでも彼の口から王暗殺計画でパルメニオンの関与を聞き出すことはできなかった
                        と書かれていました。

                        昔の仲間をどんな気持ちで拷問にかけたのか、そしてその時のフィロタスの心は
                        どちらも今の私にはまだ想像し、推測して書くことはできません。それを書ける
                        ようになるのはもっとずっと先だと思っています。拷問という残酷な行為がどの
                        ように行われたか、今はまだ想像することもできません。ただその中でフィロタス
                        は最後まで父の関与を否定した、その事実に深い感動を覚えます。彼は最後まで
                        父の名誉を守ろうとした、おそらく父もすぐ殺されることは予感したでしょう。
                        自分の愚かさや今までの軽率な態度をどれほど悔やんだことか、それでも彼は
                        自らの罪を認めてしまい、大の男が泣き叫ぶほどの拷問を受けながらも決して父
                        のことはしゃべらなかったそうです。

                        激しい苦痛と死の恐怖の中、フィロタスの精神を支えていたものはなんだった
                        のか、ただひたすら父と先に死んだ弟達の名誉を守りたい強い意志だったと思い
                        ます。そしてもう1つ、彼の脳裏にかって学んだミエザの風景、都から遠く離れ
                        た静かな場所での厳しい訓練と勉学の日々、自分の未来と力を信じ仲間と夢を
                        語り合った岩の上を吹く風の匂いや小川のせせらぎを感じ取れた時、彼は自分を
                        苦しめ殺そうとする仲間すら許すことができた、そう思いたいです。

                        彼らの心の中で、ミエザは楽園にも聖地にも等しい場所、2300年の時が過ぎても
                        変わらない場所に立ち、その思いを強くしました。




                        ステラ * 旅行 * 09:43 * comments(0) * trackbacks(0) * -
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