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      君のためなら千回でも スペシャル・エディション
      君のためなら千回でも スペシャル・エディション

      JUGEMテーマ:読書


      「君のためなら千回でも」DVDが発売されたようでとてもうれしい
      です。この作品は映画を見ただけでなく、原作も読んで数回に分けて
      感想を書いています。つまり私にとってそれだけ印象が強い映画だった
      というわけで、ぜひ多くの人に見てほしいと思いました。

      この作品の魅力はアフガニスタンという複雑な状況にある国が舞台に
      なっていることももちろんですが、やっぱり2人の少年アミールとハ
      ッサンの友情だと思います。特にハッサンは「君のためなら千回でも」
      これは彼がアミールの凧を取ってくるときに言うセリフですが、ただ
      単に凧を何回も取ってくるというだけでなく、彼のためなら自分の
      身を犠牲にしてもいいという強い意志で、アミールと彼との思い出を
      生涯守ろうとします。アミールの方はある事件があってから彼を遠ざけ
      ひどいやり方で裏切るのですが・・・

      そもそも私は少年時代の友情が大人になってからも続き、相手を守る
      ために自分を犠牲にするというパターンの話が好き、というかそこが
      感動したり物語にはまる一番のツボのようです。最近読んだ「風の影」
      という小説でも、主人公ダニエルとフェルミンの部分より謎の作家
      フリアンの少年時代、特にミケルとの友情のところでピタリとツボに
      はまりそこから抜け出せなくなりました。アミールとハッサン、フリ
      アンとミケル、2組の少年の物語は国や時代が違ってもいくつか共通
      点がありました。

      どちらの話もアフガニスタンとスペイン、それぞれの国での内戦や
      極端な政治体制が背景にあります。アミールとハッサンは母がいなく
      (アミールの母は彼が生まれてすぐ亡くなり、ハッサンの母は赤ん坊
      の彼を置いて別の男と駆け落ちした)フリアンとミケルはそれぞれ
      母親がスペイン人ではなくフランス人とドイツ人でした。母親がいな
      い、あるいは異邦人として孤独の影を背負っているというのは、子供
      に孤独感とそれだからこそ別の世界を夢見る想像力を他の子供よりも
      ずっと大きく与えるのでしょう。

      アミールとフリアンはそれぞれ小説家になり、彼らが少年時代に最初
      に作った物語をもっともよく語って聞かせたのが親友のハッサンや
      ミケルでした。でもアミールもフリアンも大人になる前に祖国から亡命
      し親友とも離れ離れになります。小説家というのはけっこう自分勝手な
      人種のようで、彼らは昔の親友よりも新しい生活や自分の恋人の方に
      夢中になっています。一方残されたハッサンやミケルは、一途に相手の
      ことを思い続けます。特にハッサンなどアミールにあれだけひどいこと
      をされながらなぜそこまでと思うほど、一緒に暮らした家を大切に守り
      (しかも彼は召使の子なので子供の時も大人になってからも屋敷ではな
      く粗末な小屋に住んだ)自分の子供にはアミールが読んでくれた英雄
      物語の主人公の名前をつけます。ミケルもまた亡命先のパリで貧しい
      生活を送っているフリアンの本が出版されるよう援助を続け、少年時代
      のフリアンの写真や書いた小説の原稿などをずっと大切にとってありま
      す。フリアンの方は離れ離れになってしまった恋人のことばかりいつも
      考え、小説の最初には必ず「Pに捧げる」と書いていて親友のことはそ
      の次くらいになっているのですけど(笑)

      「君のためなら千回でも」や「風の影」のような小説を読んでまず私
      が好きになるのはハッサンやミケルのような一途で友情のためには自分
      を犠牲にしてしまうような少年(大人になってからも)です。アミール
      やフリアンに対しては
      「ちょっとあんた、お友達はあんたのためにそこまでやってくれている
      のにどうしてその恩を仇で返すようなことをするの!」
      と文句を言いたくなります。小説で、そして現実世界でも2人の人間の
      友情や愛情は同じバランスで成り立っているわけではなくどちらかの
      思いや犠牲の方が遥かに大きくなっているような気がします。そして
      その相手を失った時に始めてその存在の大きさを知って嘆き悲しみます。
      (アレキサンダーとヘファイスティオンもそのパターン)最初から気付
      いてあげればいいのに、小説家は夢想家であり自分の夢や感情でがんじ
      がらめに縛られていて別の方向に行ってしまうのです。

      ハッサンやミケルのようなタイプの人間がなぜそこまで相手に尽くして
      しまうのか、それが魅力でありながら長い間謎でもありました。そして
      考えて得た結論の1つが、彼らは未完の物語の最初の読者であり、聞き手
      であったということです。少年時代の未完成でおそらく下手で荒唐無稽で
      剥き出しになった魂を直接記したような物語や手書きの原稿、それを目に
      し、言葉を耳から聞いた者が同じ感受性を持っていたらどうなるのでしょう?
      無意識のうちにもその魅力にとりつかれ縛られ、その物語を完成させ友人
      の魂を救うことこそが自分の唯一の使命と思うかもしれません。会えなくな
      ればその思いはいっそう募り、相手の写真や渡された原稿、思い出の場所
      などはもはや宗教の聖遺物と同じくらい価値あるものになるかもしれませ
      ん。

      小説家は言葉によってまとまった1つの世界、思想を作り出すことができ
      ます。そんな小説家の未完の物語を一番感性が豊かな時代に聞いてしまった
      ら、幸か不幸かそこからは一生抜け出せなくなるのかもしれません。そうし
      て出合った1人の人間のために自分の人生を捧げる、そうした物語にやっぱり
      私は一番心が魅かれます。アレキサンダーは詩人や小説家ではないけど、作
      られた物語以上にドラマチックな人生、その時々の自分の夢を最初に聞かせ
      たのはヘファイスティオンです。最初の聞き手となった彼は物語を完成させ
      彼の夢をかなえるためにありとあらゆることをしています。共に戦い理想を
      語るのはもちろんのこと、エジプトでは商人に借金を申し込んで財政面で
      も支え、裏切る恐れがある相手には幼馴染であっても容赦なく拷問にかけ
      殺しています。未完の物語を共有するほど強い絆を生むことは、他にはない
      かもしれません。

      自分のことを振り返って、学生の時も今も書きかけの小説の原稿とか結構
      気楽に友人に見せていました。今こうして振り返ってみると、原稿を渡す
      ということは他人の心を呪縛し支配することかもしれないと、急に恐く
      なりました。まあ私の原稿はそれほど力はありませんので、渡された方
      もあまり気にしないでください(笑)

      ステラ * 読書 * 09:02 * comments(0) * trackbacks(2) * -

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        伊藤さんの事件って・・・

        日本国の力のなさが露呈したということじゃないでしょうか?どうしても納得がいかないですね。
        From はなまる日記 @ 2008/09/01 5:12 PM

        映画「20世紀少年」に真田広之とポニョが出演?!

        映画「20世紀少年」の初日の舞台挨拶で唐沢寿明が「真田広之です」とボケるとそれに合わせてお笑い芸人の石塚さんも「ポニョやくで出ました」ボケたそうです。(笑)20世紀少年は、評判がいいので、世界20ヶ国で上映されるそうですね。私はまだ原作の漫画も読んだことあ
        From 映画情報あーちゃんブログ @ 2008/09/02 1:42 AM
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