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    Fire from heaven第7章(13)

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      Fire from Heaven
      Fire from Heaven

      JUGEMテーマ:読書


      291ページまで読み終わりました。このあたりは短い段落が多くて読みや
      すいのですが、あんまり感動的ではなく時代背景やその時代に生きた人間の
      エピソードなどで、映画や舞台劇の脚本ならきっと省略されるような部分で
      す。でも小説はこうしたあんまり関係なさそうな出来事を積み重ねることで
      その時代がわかるように書かれているのだろうと思って読み進めていきました。

      会議でコリントスに滞在している時に、フィリッポスはデマラトスという人
      の家のパーティーで、シラクサの僭主だったディオニュソスの息子に会いま
      す。僭主の息子は同じディオニュソスという名前、古代ギリシャは名前のバ
      リエーションが少なくて父と子が同じ名前だったり(デモステネスなど)同
      じ名前が1つの家系で繰り返し使われたりしています(マケドニア王家のア
      レクサンドロス、ペルディッカス、アミュンタスなど)

      古代ギリシャのポリスの場合、僭主と言っても権限が及ぶのは1つのポリス
      あるいは植民市とその周辺くらい、世襲制でずっと続くわけでもないようで
      す。父の後を継いで僭主になったものの息子のディオニュソスは追放されて
      コリントスで暮らし、学校を運営して生計をたてていました。その当時同じ
      ギリシャ語が通じて同じ文化圏にあるポリス、植民都市が広い地域にわたっ
      て無数にあったわけですから、国外追放、亡命といってもまったく知らない
      国へいくというのではなく、今の日本なら左遷させられたというような感覚
      でしょうか。アテネでも陶片追放の制度があって多くの人が追放されていま
      すが、数年後にはまた力を蓄えて戻ってきたりしています。古代ギリシャの
      社会では追放されても充分違うポリスで言葉も通じて生活でき、一定の知識
      を身につけていれば学校で教えたり家庭教師になったりと生活できたようで
      す。

      しかし生活できたとしても僭主として権力を握っていた頃とは全く違う亡命
      者、ディオニュソスはフィリッポスと同じ年くらいですが、こうして会った
      時にはかなりやつれて顔色も悪くなっていました。そして彼はフィリッポス
      に自分の父は何も教えてはくれなかった、陛下のように遠征の時には政治を
      任せてくれるというようなことをしてくれればもっと違った結果になったか
      もしれないと、切々と訴えます。フィリッポスはアレクサンドロスのために
      最高の家庭教師を招いているし、早くから摂政にして政治を任せたりアテネ
      との交渉に行かせるなど政治的な経験もさせている、息子を王にするために
      理想的な教育をしていると言ってよく、またそのことは周りのポリスにもよ
      く伝わっていたと思われます。逆に僭主の息子として贅沢三昧の暮らしをし
      たディオニュソスは、いつまでも悪い評判に悩まされ気の毒にも思えます。
      こうした彼の立場をよく理解して、フィリッポスは親切な態度でディオニュ
      ソスに接していました。

      フィリッポスは小国のマケドニアをまたたくまに強国にした君主としてギリ
      シャのポリスから恐れられていたでしょうが、自分の友人、昔から仕えてい
      る将軍や貴族などにはとてもフレンドリーで親しみやすい王様だったようで
      す。だからこそ寵愛をめぐって小姓が争い、その時の怨恨が複雑に絡んで暗殺
      事件が起きたりもしたのでしょう。僭主の息子でさえ追放されるような、王
      の権力がまだ絶対的でない社会で育ったアレキサンダーの部下達が、遠征で
      しだいに力をつけて専制君主になってきた彼に対して、昔の友達のような感覚
      で軽い悪口を言ったり、王の前でみなが跪くのを見て大笑いするという気持
      ちがよくわかります。仲間や部下に対して思いやりがあり親しみやすいマケ
      ドニアの王、そのイメージがずっとあったから後にアレキサンダーとの間で
      いくつもの溝ができ、悲劇が生まれたのかなと思いました。

      ステラ * 洋書 * 14:07 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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