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    海のエジプト展

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      JUGEMテーマ:旅行

      「海のエジプト展」を見に行きました。

      映画「アレキサンダー」を見て以来関係ありそうな本を読みまくったので
      「プトレマイオス朝エジプト」についてはエジプトでは有名なピラミッド
      やツタンカーメンの黄金マスク、ラムセス2世の巨大建築物など以上に
      興味がありました。でもプトレマイオス朝については最後の女王クレオパトラ
      以外のことがテレビや雑誌の特集になることはほとんどない、それだけに
      この「海のエジプト展」はとても楽しみにしていました。

      それにしてもプトレマイオス朝は名前のパターンが極端に少ない、ファラオ
      は全部プトレマイオスですし、女王(王妃)クレオパトラとアルシノエ以外
      は2,3種類あるかどうかという感じ(笑)いくらこの時代に興味があって
      も最初のプトレマイオス1世と最後のクレオパトラ7世以外は何世がどんな
      ことをしてどんな人物だったのかさっぱりイメージが浮かばないです。さら
      に王位をめぐって親族間の争いが絶えなかったとか、プトレマイオス何世か
      は自分で歩くこともできない巨デブで性格も問題あったなど最初と最後以外
      はあんまりいい印象がないです。でも今回いろいろな展示物を見て、プトレ
      マイオス朝エジプトはファラオに関してはいろいろ問題があっても、国とし
      てはすごく豊かで栄えていたんだなとあらためて思いました。

      プトレマイオス朝の中で最も多いプトレマイオスとクレオパトラについて、
      王朝を開いたご先祖様の名前を代々受け継ぐのはわかるのですが、クレオパ
      トラという名前の女性はプトレマイオス1世の妻の中にはいなかったので
      は?ここにあるロマンスを感じました。

      アレキサンダー大王には同じ母から生まれた妹クレオパトラがいました。彼女
      は母オリュンピアスの弟(つまり叔父にあたる)エペイロスの王と結婚して
      その式典のさなか父のフィリッポス王が暗殺されてしまいアレキサンダーが
      王位につきます。その後クレオパトラの夫エペイロス王はイタリア方面に遠征
      して戦死、アレキサンダーの死後の後継者争いで多くの将軍が彼女と結婚しよ
      うとしますが(大王の妹なので争いに勝つ1番の切り札となる)婚約した相手が
      次々と負けて死に、最後にエジプトのプトレマイオスのところへ行こうとして
      彼女の身柄を確保していた将軍アンティゴノスの命令で殺されてしまいます。
      プトレマイオスはアレキサンダーが少年の頃からそばにいて一緒に学んだ仲間
      の1人、当然妹のクレオパトラのこともよく知って密かに思っていても相手は
      王族で身分が違い過ぎると諦め、後継者争いでエジプトを手に入れ今度こそ王妃
      として迎え入れようと思ったところライバルに殺されてしまう、せめて彼女の
      名前だけでも残そうと女の子はクレオパトラと名付けるよう遺言した、そんな
      ことをずっと考えていました。だから私はクレオパトラという名前でエジプト
      の女王よりもアレキサンダーの妹の方を先に思い浮かべてしまいます。まあ
      野心溢れるプトレマイオスのことですから恋心ではなく切り札の1つとして
      彼女を手にいれたいと望んだのかもしれませんが・・・



      長々と書きましたがここからがやっと本題、「海のエジプト展」についてです。



      入口付近で人がずらりと並んでいるということはなかったのですが、会場はかなり
      広くてしかも混んでいるのでざっと見るだけでも3時間くらいかかりました。説明
      文も読んでじっくり見ようと思ったら半日はかかると覚悟した方がいいです。さら
      に石碑や石像など石でできたやたらに大きなものが多い、上ばかり見ていると首が
      痛くなるので適当に休憩を入れた方がいいです。ちょうどいい場所に椅子がたくさん
      置いてありました。

      会場はカノープス、ヘラクレイオン、アレクサンドリアの3つにわかれています。
      3つとも古代の都市の名前で、アレクサンドリアと同じようにプトレマイオス朝
      が滅びてエジプトがローマの支配下に入った後も栄え、8世紀ごろ海に沈んだよう
      です。ツタンカーメンのマスクのような王の墓からの出土品ではないので、派手な
      黄金の細工物はあまりないのですが(指輪や金貨などもすごく小さい)石像や石碑
      など石でできたものがたくさん展示されていました。きっと都市は徐々に衰退して
      金や宝石など金になるものは持ち出され、運ぶことができない巨大な石像、そして
      器も日常生活で使われるようなものだけが大量に残され、その後海に沈んだので
      しょう。残念ながら目もくらむような金銀財宝は展示されてなかったのですが、昔
      の生活をしのばせるものがたくさんありました。

      巨大な石像を見ていると、プトレマイオス朝は支配者の王族はギリシア人だけど
      やっぱりエジプトにあった国なのだなあと感じました。広い海と砂漠に囲まれた
      3つの都市、砂漠の中ナイルという河のほとりに栄えたエジプトという国では支配
      する民族が変わっても人間はとにかく大きなもの、壊れないものを作りたくなり
      それが石像や石碑となってたくさん残ったのかと思いました。そして石像も遠く
      から見るとエジプト風なのですが、顔や衣裳のひだなどはギリシャ風で不思議な
      感じがしました。エジプトの神とギリシャの神をミックスしたようなセラピス神
      が信仰の対象になったり、エジプトの神がほとんどギリシャの神にもあてはめられ
      ていたり、それがまた全能の神アメンはゼウス、太陽の神ラーはヘリオスにと役割
      や神話が似ている神をそれぞれあてはめているところがすごいと思いました。
      海に沈んだ都市の発掘、研究が進めばこれから先もっと興味深いものが発見される
      のではないかと楽しみです。 
      ステラ * 旅行 * 16:03 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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