<< May 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< イラストで読むルネサンスの巨匠たち | main | Fire From Heaven 第8章(16) >>

スポンサーサイト

0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    スポンサードリンク * - * * - * - * -

    アレキサンダーのミイラがヴェネツィアに?

    0
      JUGEMテーマ:映画

      昨日テレビで「世界遺産ミステリー」というのを見ました。世界遺産
      や歴史ミステリーは大好きなのでこういう番組はかなり見ているの
      ですが、アレキサンダーのミイラが発見された?というタイトルにま
      ずびっくりしました。今までこの話はテレビなどでまったく出ていな
      いと思います。

      ヴェネツィアにあるサン・マルコ大寺院、その地下に安置されている
      聖マルコの遺体が実はアレキサンダーのものだった!という内容で
      テレビではその証拠としてヴェネツィアには聖マルコの象徴として翼
      のついたライオンのレリーフがとても多いが、ライオンはヘラクレスの
      子孫と信じるアレキサンダーもトレードマークにしていたこと、安置さ
      れている遺体のそばにあった石板にマケドニア王家の紋章とよく似た
      太陽のマークが刻まれていたこと、さらには聖マルコの遺体がその
      場所に運ばれた時代のヴェネツィア総督が古代マケドニアについて
      詳しい人だった、などということがあげられていました。

      アレキサンダーについては映画を見て以来夢中になって本を読んで
      調べたのでかなりいろいろなことを知っているつもりでしたが、この
      ような話は初めてでした。アレキサンダーの遺体はプトレマイオスが
      ミイラにしてエジプトのアレキサンドリアに運んだが、その後行方不明
      になっています。プトレマイオスはエジプトでも神の子という神託をも
      らったアレキサンダーの遺体を手に入れたことで、後継者争いやエジ
      プト支配でとても有利になりました。その遺体は当然神殿か何かに
      丁寧に安置されたはずですが、戦乱などで破壊され行方不明になる
      そしてキリスト教の聖マルコもアレキサンドリアで殉教してヴェネツィア
      に運ばれています。

      これDNA鑑定などをすれば、アレキサンダーの父フィリッポス2世の
      ミイラ(異母兄アリダイオスのものだという説も)が見つかっているのだ
      からはっきりするかもしれないと思ったのですが、キリスト教の聖人で
      1000年以上も聖マルコと信じられていただけに、やたらに鑑定したり
      結果を発表することなどできないのかもしれません。番組ではヴェネ
      ツィアにそれ以前から住みついた人々はアレキサンダーを崇拝する
      気持ちが強かったということも伝えていました。

      アレキサンドリアもヴェネツィアも故郷のマケドニア、そして親友ヘファ
      イスティオンが死んで埋葬された場所からは遠く離れています。でも
      どちらも港を中心に海洋貿易で発展した場所で、映画で死にかけている
      ヘファイスティオンに向かって世界中の船が集まりまた出て行くという
      ようなことを話していたシーンが思い浮かび、偶然なのかそれとも彼の
      意志かどちらにしても確かにそのような場所だなあと思いました。

      正直言って私はそれまでイタリアツアーのパンフレットを見て、ヴェネ
      ツィアは行かなくていいから(笑)ローマかフィレンツェの自由行動日を
      1日増やしてほしいと思っていました。でもこの番組を見て、やっぱり
      ヴェネツィアにも行って、サン・マルコ大寺院で祈りをささげ、翼のある
      ライオンのレリーフをさがしてまわりたいと思うようになりました。
       
      ステラ * テレビ * 08:04 * comments(0) * trackbacks(0) * -

      スポンサーサイト

      0
        スポンサードリンク * - * 08:04 * - * - * -

        コメント

        コメントする









        トラックバック

        このページの先頭へ