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    哲学と宗教

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      「哲学と宗教」見るからにドン引きされそうなタイトル

      です(笑)これは哲学や宗教全体について語った内容

      ではなく、特定の宗教をお勧めするものではありません。

      論文ではなくあくまでも個人的な感想、ツブヤキです。

      そして残酷な表現も出てきますので、苦手な方は読ま

      ないでください。

      数年前、私はある映画の1場面に強い衝撃を受け、そ

      れがトラウマとなりました。

      「修道士でありながら哲学をもって宗教にとってかわろうと

      して・・・・・」

      「・・・・・そう考えるに至った人間の自由意思を私は信じる」

      そして火あぶりの刑の場面が続きました。修道士の名前

      はジョルダーノ・ブルーノ、1600年の2月17日に実際に

      起きたできごとです。

      なぜこの場面がトラウマになったのか、その理由は前世

      療法を受けてはっきりわかったのですが、原因が分かる前

      に私はジョルダーノ・ブルーノについていろいろな本を読み

      徹底的に調べました。

      彼の生涯を簡単に紹介すると

      1548年、イタリアのナポリ近郊のノラで生まれ、17歳の時

      に勉強を続けたい気持から修道士となります。最初の頃は

      優秀な修道士として歩んでいきますが、27歳の頃三位一体

      の教義に対する批判を口にしたり、禁書となっていた本を持

      っていたことで異端の疑いをかけられ、身の危険を感じて修

      道院を飛び出し、以後イタリア北部、フランス、イギリス、ドイツ

      など様々な国と都市を転々とする放浪生活を送ります、1つ

      の都市にいた期間は長くても2,3年でした。そして最後ヴェ

      ネチアの貴族に招かれてイタリアに戻ったところ、その招か

      れた貴族に密告されて捕えられ、ヴェネチアからローマに護送

      されて8年もの牢獄生活の後処刑されます。

      ジョルダーノ・ブルーノが処刑された理由について、世界史の

      本などには、コペルニクスの地動説を支持し、当時のキリスト

      教の世界観である天動説と真っ向から対立したからと書かれ

      ています。ではなぜ彼はキリスト教の世界観と対立する学説を

      命を捨ててまで守ろうとしたのでしょうか?

      私は研究者や学者ではないので、ここから先はあくまでもいろ

      いろな本を読んでの感想、推測です。

      当時のヨーロッパ諸国ではルター、カルヴァンなどの宗教改革

      があり、宗教をめぐっての様々な出来事がありました。スペイン

      ではイスラム教徒、ユダヤ教徒など他宗教の民族やプロテスタ

      ントの迫害があり、フランスでのの大虐殺、イギリスでメアリー

      女王の時代のプロテスタントへの迫害、スイスのジュネーブでの

      ミゲルセルヴェートの処刑、などなど宗教や信念の違いを理由に

      したすさまじい迫害や残虐行為が宗教的に正しいと信じられ平然

      と行われてきました。それはヨーロッパ諸国だけでなく、新大陸

      においても強引な布教活動、原住民の虐殺、略奪行為が宗教的

      な正しさを理由に行われてきました。ジョルダーノ・ブルーノは特に

      キリスト教徒が新大陸で行ったことについて激しく批判しています。

      当時のヨーロッパ人、キリスト教徒として生きながら、カトリック、プ

      ロテスタントのどちらにも属せず、その枠を越えた視点から批判する

      ことができたのでしょうか。彼はコペルニクスの地動説をさらに発展

      させ、地球は太陽の周りをまわっているが、太陽もまた無限に広がる

      宇宙の中では1つの星に過ぎず、宇宙には無数の星があって絶対的

      な中心はないという世界観を持ちます。地球は宇宙の中心ではない

      し、地球に住む人間もキリスト教とだけが存在するのではなく、さまざ

      まな地域にそれぞれの民族が住み、それぞれ独自の文化と宗教が

      あるのだから、その文化を破壊し、宗教を無理やり押し付け、住民を

      虐殺することこそ神への冒とくではないかと考えています。

      「哲学をもって宗教にとってかわろうとした・・・・」宗教の中だけで考え

      れば、宗派の違いによってどちらが正しいかを決め、正しくない者は

      殺してかまわない、殺すべきだという極端な思想が生まれます。人類

      は何度もこの極端な思想によって殺し合いを続けてきました。今文明

      が発達して、世界のどこで行われていることもすぐ他の国に影響し、

      より多くの人間を1度に殺す武器もできています。戦争が起きればその

      場所に住む人間だけでなく生き物すべてが滅ぼされ、人類、地球が

      滅びるということもないとは限りません。遠い国の出来事だから自分に

      は関係ない、暗いニュースにばかり目を向けると落ち込むから、もっと

      明るい話題に目を向ければと言うのではなく、今世界で起きているこ

      とから目をそらさず、よく考えることが必要だと思います。

      ステラ * - * 09:10 * comments(2) * trackbacks(0) * -

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        コメント

        つくづく、ブルーノのような考え方が攻撃されるのはずっと変わらないこと、都合が悪い理由があるということに失望感を抱いてしまいます。
        Comment by ソイル @ 2015/02/04 10:39 AM
        ジョルダーノ・ブルーノの考え方は今の時代
        の危機を救うかもしれません。あの時代に
        キリスト教の新教、カトリックのどちらにも
        属さずに批判を続けたのですから。もっとも
        本人はどちらの考えもなじめず居心地の悪さ
        を感じて放浪と批判を続けたことで結果的に
        時代を乗り越えたのかもしれませんが。ルネ
        サンスから宗教改革の時代の思想を見直し
        評価することで、今の時代の混乱や危機を
        救うのではないかと思っています。

        「ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の
        伝統」を書いたフランシス・イエイツは彼女
        自身イギリスで2つの大戦を経験して兄が
        戦死し、同年代の男性が多数戦死したことも
        あって一生独身でした。自身の強い危機感や
        思いがあったからこそ地味な研究を続け独自
        の視点での本が書けたのだと思います。
        Comment by ステラ @ 2015/02/04 5:52 PM
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