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    バスク・モンドラゴン(2)

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      JUGEMテーマ:読書

      「バスク・モンドラゴン、協同組合の町から」
                  石塚秀雄著

      という本を読み終わりました。この本を読んだきっか
      けは、仕事の研修で協同組合に関するビデオを見ている
      中でスペインのバスク地方が出てきたので興味を持って
      調べ、本にたどりつきました。今から20年以上前に書
      かれているので、バスク地方の状況や組合、企業グループ
      の規模などはかなり変わっていると思いますが、それでも
      さまざまなことを考えるよいきっかけを与えてくれた本で
      した。

      最初モンドラゴンの町の様子が書かれている部分を読んだ
      時、あるファンタジー映画の場面が思い浮かびました。町
      の名前からしてモンドラゴン、龍の山という意味で村人が
      協力してドラゴンと戦ったという伝説が残っている、さら
      にバスク地方には人類最古の遺跡とも言える洞窟壁画がた
      くさんあって、バスク語は他のヨーロッパやアジアの言語
      とは共通点がなくバスク人がどこからやってきたかもよく
      わかっていない、鉄鉱石の採れる山があって昔から銃剣や
      武具が作られていた、などということがロマンをかきたて
      くれます。さらに村人が協力するシステムが昔からあった
      こと、みんなで集まってごちそうを作って食べる風習があ
      ることなどがまさに映画に出てくる村を連想させてくれる
      のです。そしてファンタジー的な町は1人の神父の献身的
      な努力によって協同組合という新しい形での働き方で次々
      と工場ができ発展して町に住む人は豊かになっていく、そ
      の町では教育や余暇を楽しむスポーツ、音楽が大切にされ
      老人や女性も働きやすく、さらには精神病院(アルコール
      依存症の患者が多いらしい)でも患者が人間らしい生活が
      できるよう注意がはらわれている、現代のおとぎ話、理想
      郷のようでした。

      けれども後半部分を読み進めていくうちにその神父が体験
      したこと、そしてバスク地方の厳しい現実が見えてきます。
      その人は3歳の時に事故で片方の目を失明し、神学校で学
      んでいる間にスペイン内戦が始まり反フランコ側で従軍記
      者として戦場に行き、捕えられます。一緒に捕まった仲間
      は銃殺され、内戦やその後の独裁政権の中で周りの聖職者
      や一般市民も多数殺されるという経験をしています。モン
      ドラゴンの町に副司祭として来て荒廃した町の様子に心を
      痛め、技術者を育てることで町の復興を目指し、その後協同
      組合という形での働き方を提案して工場が増え続け、スペ
      インでも有数の大きな企業グループとなっていきます。

      内戦と独裁政権の中でバスク地方は独立運動が高まり、組織
      は分裂を繰り返して過激になっていきます。ファンタジーや
      おとぎ話ではドラゴンや悪代官をやっつけるところで物語は
      終わっていますが、現実世界ではただ悪者を倒せばいいという
      わけにはいかず、最初は独立や自由を求めての戦いがいつの
      まにか過激な思想を持つ無差別テロに変わっていきます。大
      国に支配された歴史を持つ国や地域ほど今度は暴力で奪い返そ
      うと過激になって極端な独裁やテロを生み出してしまいます。

      モンドラゴンで協同組合を作り指導してきた神父も独裁政権
      やテロの影響が強い時代と地域で生きていましたが、一貫して
      暴力を否定し民主主義を守ろうとしました。それができたの
      は思想と宗教からでした。正直言って私はスペインの歴史の中
      で宗教、カトリックは異端審問やユダヤ人の迫害などでかなり
      酷いことをしているとあまりよい印象は持っていませんでした。
      でもそれは宗教そのものが悪いのではなく、自己の利益を守り
      都合の悪い者を迫害するために宗教を利用してきた人間が悪い
      だけ、どの宗教もそれができた時代のもともとの考えでは他人
      や自分自身を傷つけることを何よりも否定していたのではない
      かと思います。

      行き、
      ステラ * 読書 * 10:04 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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