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    アレキサンダーの故郷をめぐる旅

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      アレキサンダー プレミアム・エディション
      アレキサンダー プレミアム・エディション
      コリン・ファレル


      これは実際にあるツアーではなく、あくまでもこういう旅行があったらいい
      なあと勝手に想像して作ったものです。日程は7泊8日、費用は20人程度集まれ
      ば30万円前後で行けるでしょうか?あくまでも空想の段階ですが・・・

      1日目 アリタリア航空を使い、ミラノ経由でギリシャ第2の都市テッサロニキ
         へ行きます。テッサロニキ到着は現地時間で深夜ですので、すぐに専用車
         でホテルへ向かい体を休めます。(テッサロニキ泊5つ星の豪華ホテルで)

      2日目 テッサロニキで爽やかな朝を迎えます。早朝、海岸沿いを散歩するのも
         いいでしょう。ホワイトタワーのそばにはアレキサンダーの大きな銅像
         もございます。バイキング式の朝食を取った後は、考古学博物館、ビザ
         ンチン博物館などの見学に行きます。(テッサロニキ連泊)

      3日目 専用車でマケドニアの古都アイガイがあり、フィリッポス2世の墳墓が
         発見されたことで話題となったヴェルギナへ向かいます。古墳の内部に
         ある博物館の副葬品を専用ガイドの案内で見学し、博物館特製の映画を
         見ます。夜、修復された古代の野外円形劇場で、特別企画の劇を見ます。
         内容は「フィリッポス2世の暗殺とアレキサンダー3世の即位」ギリシャ
         語の劇ですが、事前に解説書が渡されているので内容はなんとなく理解
         できます。夜はヴェルギナにある家庭的なペンションに数人ずつ分かれて
         泊まります。(ヴェルギナ泊)

      4日目 今回のツアーのハイライト、ミエザへと専用車で向かいます。ミエザの
         遺跡近くにあった古いホテルが大幅に改装されました。古代ギリシャの
         雰囲気をそのままに残した内装、昔の料理を忠実に再現した食事、従業員
         やお客様もみな古代の衣装に着替えていただき、その世界を心ゆくまで味
         わっていただきます。さらにホテルでは体育教師レオニダスの指導で行う
         粗食と厳しい訓練でダイエットに最適な「スパルタコース」、高名な哲学者
         の講義を遺跡で集中して聞き、議論を交わす「アリストテレスコース」など
         各種プログラムがございます。今回は2泊3日の「アレキサンダーコース」を
         体験していただきます。夕刻、ホテルに到着したらキトンに着替え、アレキ
         サンダーが食べたであろう夕食を召し上がっていただきます。(ミエザ泊)

      5日目 ミエザの朝は早いので、日の出前に従業員が起こしに行きます。まずは
         馬に乗る訓練、経験のある方はミエザ周囲のトレッキング、初心者は引き馬
         でまずは馬に慣れていただきます。2時間ほどの訓練の後で食べる朝食はさぞ
         かしおいしく感じられることでしょう。その後、ミエザの遺跡へ行き、レオ
         ニダス先生によるレスリングや弓、槍投げなどの訓練を受けます。こちら
         はオプションなので、見学だけでもかまいません。簡単な昼食の後は古代
         の衣装を身につけたギリシャ人哲学者によるアリストテレスについての講義
         これは日本語の通訳がつきますのでご安心ください。ただ、早朝からの訓練
         でウトウトする方もいるかと思われますが、これもまたアレキサンダーの
         少年時代を知る貴重な体験となるでしょう。夕食後はワインを飲みながら
         暖炉の周りで心ゆくまでおしゃべりを楽しみます。この頃には見知らぬ同行
         の方ともすっかり打ちとけているでしょう。(ミエザ泊)

      6日目 朝、乗馬訓練と朝食の後、お世話になった先生方に別れを告げ、馬でマケ
         ドニアの王宮があったペラへと向かいます。車では1時間ぐらいの距離です
         が、馬での移動はかなり大変でしょう。遠くにペラの遺跡が見えた時には
         感動よりも疲労感が大きいかもしれません。ペラの遺跡、今残っているもの
         はアレキサンダーが生まれた時のものではなく、カッサンドロスの時代に
         作られた貴族の館などですが、それでも素晴らしいモザイク画などが疲れを
         忘れさせてくれるはずです。夕刻、テッサロニキのホテルへ戻り、旅の疲れ
         を取ります。(テッサロニキ泊)

      7日目 朝、テッサロニキを発ち、ミラノ経由で成田へ向かいます。ミラノで乗り換
         え、成田へと向かいます(機中泊)

      8日目 午前中成田着、お疲れ様でした。

      *現在のところ、ヴェルギナでの野外劇、そしてホテルミエザの体験コースな
       どは行われていません。全部考えただけの話です。




         

      ステラ * 創作 * 10:09 * comments(0) * trackbacks(0) * -

      ヘファイスティオンの正義

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        アレキサンダー プレミアム・エディション
        アレキサンダー プレミアム・エディション
        コリン・ファレル
        JUGEMテーマ:読書


        前回、フィロタスの側からの感想を書いたので、今度はヘファイスティオンの
        立場になっての弁解です。この文章も歴史的なきちんとした論文ではなく、本
        を読んで感じたことを書き綴っているだけですが・・・

        最初に私が思い描いたヘファイスティオンのイメージは映画でジャレッドが
        演じたそのままでした。一途で純粋で素朴な人、バビロンのバルコニーで
        夢を語り合っているシーンや、ロクサネと結婚した時にこっそり指輪を渡し
        にいくシーンが印象的でした。

        でも、その後いろいろな本を読んでいるうちに、ヘファイスティオンという
        人物は最初に思い描いたような純粋なだけの人間ではないということがわか
        ってきました。特にフィロタスに対しての記述では、ヘファイスティオンが
        率先して拷問など行っていたことがわかり大きな衝撃を受けました。それま
        で描いていたイメージがここで一度完全に崩れたわけです。

        なぜ彼が幼馴染のフィロタスに対してそこまで残酷になれたのか、その答え
        はまだ自分の中で完全にまとまってはいません。ただ、ヘファイスティオン
        にとって、正義、世界の秩序などすべてのことがアレキサンダーと結びついて
        いたのではないかと強く感じています。アレキサンダーは彼にとって尊敬す
        べき王、子供の時からの友人というだけでなく、世界の中心にいる神であり
        どんなことをしてでも守らなければいけない存在だったのでしょう。

        マケドニアでもペルシャ帝国でも、力を持った王が何人も敵ではなく部下の
        手で暗殺されています。マケドニアのアルケラオス王、ペルシャのクセルクセ
        ス王など、一番身近なところではアレキサンダーの父フィリッポス2世も護衛
        兵パウサニアスに殺されていて、おそらくヘファイスティオンもその結婚式
        の会場にいて実際目撃したでしょう。その当時、王の暗殺は特別珍しいこと
        ではなく、家臣によっては今の王が殺され自分が支持する者が王位につくこと
        を願っている者だってたくさんいたはずです。でもヘファイスティオンにと
        ってアレキサンダーは唯一絶対の王であり、彼が殺されることは世界の崩壊
        と同じことであった、だからこそ暗殺計画を知っていながらそれを告げなかっ
        たフィロタスにあそこまで残酷になれたと思うのです。

        人間は自分の名誉や欲望のためよりも、正義や価値観に絶対的な自信がある
        時に一番残酷になる、歴史はその例を多く示しています。アレキサンダーの
        周囲にいた側近の中で、ヘファイスティオンほど彼の神聖さ、正義を信じて
        疑わなかった者はいなかったでしょう。彼はただ一人の神に仕えるため、過去
        を切り捨て、他の側近達とも離れて孤立し、遠征軍を後ろから支えて突き動か
        していました。フィロタスの処刑後、彼はもう二度とミエザにいた少年時代
        を懐かしむことはなく、目の前の荒野や砂漠だけを見つめて進んでいったと
        思います。



        ステラ * 創作 * 10:12 * comments(0) * trackbacks(0) * -

        ミエザへの道

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          マケドニア王フィリッポス2世が息子アレキサンダーのために
          作り、哲学者アリストテレスを招いて教えさせたというミエザ、
          でも世界の歴史を大きく変えた王と偉大な哲学者が出会った場所
          は、ガイドブックを見てもその場所がどのあたりになるのか、当
          時の面影を伝える遺跡のような物が残っているのか、何も書いて
          ありません。

          でも最近、ある旅行会社の人からミエザのあった場所について詳し
          く聞くことができました。ミエザに一番近いのはナオウサという村、
          ヴェルギナの遺跡に近いヴェリアという街からエデッサという街に
          向かう途中にあります。

          そこはテッサロニキの旅行会社やタクシー運転手、さらには近くに
          住む村の人にすらほとんど知られていない場所です。そしてそこの
          近くには同じミエザという名前で全く別の時代の大きな見公開墳墓
          があり、看板はそちらをさして書いてあるのでややっこしくなります。
          でも、ナオウサという村に入る手前、ミエザの墳墓とは逆の左側に
          曲がった先に、確かにミエザのあった場所はあります。

          ほとんど知られていない場所ですが、そこにははっきりとした大きな
          看板があり、ミエザの学校が確かにその場所にあったとはっきりわか
          るそうです。そこで学んだアレキサンダーを始め、マケドニアの中で
          もずば抜けて家柄がよく国の未来を担うことを約束されたエリートの
          少年達、ヘファイスティオン、プトレマイオス、カッサンドロス、フィ
          ロタス、ハルパロス、ペルディッカス・・・彼らのほとんどが故郷マ
          ケドニアに戻ることなく異国で志半ばの若い時に死んでいます。

          ミエザでの生活はペラの王宮に比べれば質素で厳しいものだったと思われ
          ます。でも彼らはミエザで青春の輝かしい時を生き、未来への大きな夢を
          語り合っていた、そんな場所が今でもひっそりと残っているということに
          大きな感動を覚えました。

          ステラ * 創作 * 09:42 * comments(0) * trackbacks(0) * -

          アレキサンダーの銅像

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            アレキサンダーの故郷、ギリシャ北部マケドニア地方の中心都市
            テッサロニキには大きな銅像があります。海をバックに馬に乗る
            アレキサンダーの銅像、周りには槍と盾、戦いの様子を描いたレ
            リーフもあり、本や絵葉書などでもよく紹介されています。近く
            にはホワイトタワーもあり、テッサロニキのシンボルとして写真
            を撮るのに絶好のポイントとなりそうです。

            しかし、厳密に言うとテッサロニキが建設されたのはアレキサンダー
            の死後後継者争いでマケドニアの実権を握ったカッサンドロスの時代
            です。今テッサロニキ周辺に残っている遺跡、ヴェルギナの墳墓で
            第2墳墓の被葬者がフィリッポス2世ではなくアレキサンダーの異母兄
            アリダイオスならば、盛大な葬儀を行ったのはカッサンドロス、ペラ
            の遺跡も今残されているものはほとんど彼の時代に作られたものだそ
            うです。テッサロニキ周辺を訪ねればあちらこちらにカッサンドロス
            の影響が残っています。でも、彼の銅像はおそらく作られてはいない
            でしょう。

            アレキサンダーの銅像は他にもエジプトのアレキサンドリアなどたくさ
            んの場所にあります。ただ1人のカリスマ的な力を持った英雄とその周囲
            にいたたくさんの人間の人生、銅像の写真を見ていると、そんな幻影ま
            でが見えてきそうです。

            ステラ * 創作 * 14:01 * comments(0) * trackbacks(0) * -

            テッサロニキ

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              A24 地球の歩き方 ギリシアとエーゲ海の島々&キプロス 2008~2009

              世界史が好きで、ギリシアの有名な遺跡のある都市の名前などはかなりよく
              知っていると思っていたのですが、ギリシア第2の都市テッサロニキの名前を
              意識するようになったのは映画「アレキサンダー」を見た後でした。

              ガイドブックを見ると、テッサロニキはマケドニアの将軍カッサンドロスに
              よって紀元前315年につくられ、この年彼はアレクサンドロス大王の異母妹
              テッサロニケを妻として迎え、彼女の名前をとってテッサロニキと名づけた
              と書いてありました。

              カッサンドロスという人物、映画ではかなりカッコイイ俳優さんが演じていた
              ために一目見ただけでファンになってしまったのですが、本などでいろいろ調
              べてみるとアレクサンドロスの母オリュンピアスを処刑したり、アレクサンド
              ロスとロクサネの子、その当時12歳ぐらいだったアレクサンドロス4世を殺した
              りとかなり酷いこともやってマケドニアの王になっています。彼がアレクサン
              ドロス大王を暗殺したのではないか、という説もあります。

              テッサロニケと結婚する前、カッサンドロスはオリュンピアスを処刑してマケ
              ドニアの実権を握ります。血の繋がった本当の娘ではなく、実の娘クレオパト
              ラと違って王族(テッサロニケはフィリッポス2世の娘)でありながら30歳近く
              まで結婚相手も見つけてもらえずほっておかれたテッサロニケですが、それで
              も母のように育てられ今までずっと行動をともにしてきたオリュンピアスを処刑
              したカッサンドロスと結婚しなければならないとは、彼女の心境はさぞ複雑だ
              ったと思います。

              紀元前315年、カッサンドロスは2つの都市を建設し、1つは自分の名前をつけて
              カッサンドレイア、2つめの都市をテッサロニキと名づけました。カッサンドレイア
              テッサロニキ、2つの名前を続けて読むと、とても美しい響きの地名となります。
              でも今日、カッサンドレイアという名前の地名はガイドブックには載っていません
              でした。テッサロニキだけがギリシア第2の都市、ギリシア北部の中心都市として
              大きく紹介されています。テッサロニキという地名は聖書にも出てくるし、ビザン
              ティン帝国、オスマントルコの時代でも衰えることなくその地域の中心都市として
              栄えてきました。

              テッサロニケはカッサンドロスとの間に3人の子ができます。長男はアレクサンドロ
              ス大王の父と同じフィリッポスと名づけられ、次男はカッサンドロスの父と同じア
              ンティパトロスという名前、そして三男はアレクサンドロスと名づけられます。カ
              ッサンドロスは王位についた後、新しい都市を建設し、ペラの王宮や街並みも大規模
              に修復します。今日ペラの遺跡で発見されている建物やモザイク画などはほとんどこ
              のカッサンドロスの治めた時代に作られたものだそうです。

              後の争いを避けるために12歳の王子まで殺して自分の家系を守ろうとしたカッサン
              ドロス、でもその家族の心の中はどうだったのでしょう?妻テッサロニケは最後ま
              で夫であるカッサンドロスに心を開くことはなかったような気がします。彼女は
              アレクサンドロスと名づけた三男をとてもかわいがっていたと言われています。夫
              に心を開くことができない満たされない想いが偉大な兄と同じ名前の三男に向かっ
              て溺愛するという形になってしまったように思われます。

              カッサンドロスは50代で病死、父アンティパトロスが80歳まで生きたことを考え
              ると長生きとは言えません。その後長男フィリッポスも4ヵ月後に亡くなり、まだ
              10代の次男アンティパトロスが王位につき、母テッサロニケが摂政となります。
              けれどもやがて次男アンティパトロスは母テッサロニケを殺してしまいます。ギリ
              シア神話で母を殺した息子が復讐の女神に追われて狂気に陥るという話がありま
              すが、その時代でも親を殺すというのは大きなタブーであるはずなのに、殺さなけ
              ればいつか自分が母に殺され弟が王になってしまうという強い危機感が次男アンティ
              パトロスにはあったのでしょう。同じ自分の子でありながら1人にしか愛情を注げず
              別の子に殺されてしまう悲しみ、母の愛を求めても得られず、弟を王にするために
              自分が母に殺されるのではないかと思う子の恐怖、もう少し無難な別の名前をつけ
              られていれば、こんな悲劇はなかったのではないかとも思います。この次男と三男
              はその後も激しく争い、結果カッサンドロスの王朝は短命で終わってしまいます。

              世界史の授業でプトレマイオス朝エジプト、セレウコス朝シリアなどの名前を記憶
              していますが、カッサンドロス朝は聞いたことがなく多分教科書などに載ってなか
              ったと思います。アレクサンドロスの血筋を滅ぼして新しい王朝を作ったカッサンド
              ロスの名前は歴史の中に埋もれました。でもテッサロニキという都市の名前だけは
              2000年以上もの長い間残り、街は繁栄しました。いろいろなことをしたカッサンドロ
              スだけど、テッサロニキへ対する想いだけは純粋だったのかな、と思われます。先
              に自分の名をつけたカッサンドレイアをつくり、そこから見守ることのできる一番
              栄えるであろう場所を選んでテッサロニキをつくった、自分の名前は消えても彼女
              の名前だけは永遠に残るようにと、それが王族を滅ぼした自分にできる償いなのだ
              から・・・・

              テッサロニキという地名は、ギリシア第2の都市という以上に、私にとって忘れら
              れない名前になっています。

              ステラ * 創作 * 10:34 * comments(0) * trackbacks(0) * -

              カッサンドロスの悪夢

              0
                古代ギリシア遺跡事典
                古代ギリシア遺跡事典
                周藤 芳幸,沢田 典子

                古代ギリシアの遺跡について書かれた本をよく見ると、カッサンドロス
                が残したものがかなり多いのに驚きます。ギリシア第2の都市テッサロニキ
                と自分の名前をつけたカッサンドレイア(こちらはあまり名前が出てこない
                ので、すぐに衰退してしまったのでしょうか?)を建設し、ペラの王宮や
                街を大幅に修復、そしてヴェルギナの遺跡も葬られているのがアレクサン
                ドロスの兄アリダイオスならば、やっぱりカッサンドロスが命令して作ら
                せたということになります。

                カッサンドロスは父アンティパトロスから後継者と指名してもらえず、自分
                で狩に行くふりをして支持者を集め、父から指名されたポリュペルコンに
                対抗するなど大変な苦労をして、それでも後継者争いで勝ち残りマケドニア
                を手に入れて王になります。長く続いた後継者争いに比べ、彼が王位につい
                ていた時代はそれほど長くないはずなのに、次々と後世に残る仕事をしたこ
                とに驚きます。

                カッサンドロスの宿敵といえば、やっぱりアレクサンドロスの母、王妃オリュ
                ンピアス、母はカッサンドロスこそ息子を暗殺した真犯人と思って彼の弟など
                を次々殺しているし、カッサンドロスは最後オリュンピアスを石打の刑で処刑
                するなどすさまじい関係です。ディオニュソス神の熱狂的な信者であったオリュ
                ンピアスが死ぬ時にどれほど強くカッサンドロスに対して呪いをかけたか(現代
                の生活では呪いなんて信じられませんが、この人に関しては呪われたらさぞかし
                怖いだろうなと実感があります)想像するのも怖ろしいです。

                そうでなくても跪拝の礼を見て大笑いし、アレクサンドロスに激しい暴力を
                振るわれ、その死後何年もたった後でも銅像を見ただけで眩暈を起こしたと
                いう現代人のような繊細な神経の持ち主カッサンドロス、オリュンピアスの
                ことは殺した後でもかなり気にしたと思います。

                不幸なことに彼はマケドニアを手に入れ、同じ王宮に住まなければなりません。
                エジプトを手に入れ、新天地でファラオと呼ばれて優雅な生活を送っている(?)
                プトレマイオスを羨みながらも、とりあえずは因縁のある人間がたくさん住んで
                いたペラの王宮に住み、マケドニアを支配しなければならないのです。眩暈を
                起こすほど怖れていても、マケドニア国民の信頼を得るためにはアレクサンドロ
                スの絵を王宮に飾り毎日眺めなければなりません。そして、この部屋あたりに
                昔オリュンピアスが住んでいたかもしれないと思うとああ怖ろしい(亡霊が出る
                かもしれない)必死であちらこちら修復したり、壁を塗り替える、あるいは
                新しい街を建設し、王家の墓も立派にする、そうせずにはいられない気持ちが
                よくわかります。

                映画「アレキサンダー」でジョナサンが演じたカッサンドロスは冷たい美貌
                の持ち主でした。その彼が、冷酷そうな表情の下で悪夢に怯え、必死であちら
                こちら修復していたと考えるとすごく親しみがわいてきます。もっともこれ
                は勝手に想像したことなので、実際のカッサンドロスはもっと感情など持たず
                冷静に着々と自分の仕事を進めていたかもしれませんが・・・・

                <お知らせ>
                1週間ほどパソコンが使えなくなります。コメントやメールの返信は遅れて
                しまいますが、もどった時にコメントなどあるととってもうれしいので、
                ぜひ書き込んでください。
                ステラ * 創作 * 16:09 * comments(0) * trackbacks(0) * -

                古代マケドニアの年表(1)

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                  アレクサンドロスの征服と神話
                  アレクサンドロスの征服と神話

                  この本の巻末に載っている人物一覧表を参考にアレクサンドロス大王が生まれる
                  までの年表を作って、どの人が何歳ぐらい年が離れているのか調べてみました。
                  ただ、生まれた年齢がはっきりわかってない人については、適当に推測していま
                  す。年代はすべて紀元前です。

                  413年 アルケラオス即位し、首都をペラに移す。
                  400年 パルメニオン生まれる。
                  399年 アルケラオス、同性愛関係のもつれで暗殺される。
                      アンティパトロス生まれる。
                  384年 哲学者アリストテレス生まれる。
                  382年 フィリッポス2世生まれる。
                  380年 ダレイオス3世生まれる。
                  375年 オリュンピアス生まれる。
                  370年 アレクサンドロス2世(フィリッポス2世の一番上の兄)即位する。
                  368年 フィリッポス2世、人質としてテーベに行く。
                      ペルディッカス3世(フィリッポス2世の二番目の兄)即位する。
                  365年 プトレマイオス1世生まれる。
                      クレイトス生まれる。
                  360年 フィロタス生まれる。
                  359年 イリュリア人との戦いでペルディッカス3世戦死する。
                      フィリッポス2世即位する。
                  357年 フィリッポス2世、オリュンピアスと結婚する。
                  356年 アレクサンドロス3世(大王)誕生する。
                      ヘファイスティオン誕生する。
                  355年 カッサンドロス誕生する。

                  ただし、フィロタス、カッサンドロスなどの生まれた年は何年代の中ごろ、終わり
                  ごろ、というようにしか書いてなかったので、なるべくアレクサンドロスと近い
                  年齢に書いてみました。フィロタスはもっと年上、カッサンドロスはずっと年下
                  かもしれませんが、それだとイメージがくるってしまうので、年齢差は少なく
                  想像してみます。

                  パルメニオン、アンティパトロスという2人の重臣が、フィリッポス2世と18歳位
                  年が違っているということに驚きました。この二人フィリッポス2世の即位の時
                  40歳以上、アレクサンドロスの即位の時は60歳以上ということになりますがまだ
                  まだ活躍しています。そしてそれぞれの長男が生まれた時も40歳以上、この時代
                  は王族以外は戦争などで手柄を立ててある程度出世してから正式に結婚していた
                  のかな、と思いました。

                  アレクサンドロス3世が生まれた時、フィリッポス2世は25歳、オリュンピアス
                  は18歳くらいで年若い両親です。二人の年齢差は7歳で、もっと違っているよう
                  に感じていたので、これも以外でした。

                  ステラ * 創作 * 18:11 * comments(2) * trackbacks(0) * -

                  オリュンピアス王妃VSカッサンドロス

                  0
                    王妃オリュンピアス―アレクサンドロス大王の母
                    王妃オリュンピアス―アレクサンドロス大王の母
                    森谷 公俊

                    「オリュンピアス王妃VSカッサンドロス」
                    この二人の宿命の戦いは本当にドラマチック、劇的です。それなのになぜ
                    今までこの二人を主人公にした小説や映画がなかったのでしょう。
                    (もしかしたら、どこかひっそりとあるかもしれませんが、見たことあり
                    ません)

                    二人の戦いはカッサンドロスの父アンティパトロスが大臣だった頃から始まり
                    ます。もともとオリュンピアスはこの大臣のことよく思っていなくて、アレク
                    サンドロスが東方遠征に行き、アンティパトロスが摂政として国を任されて
                    から、ますます激化します。

                    オリュンピアスが原因かどうかはわかりませんが、インドから引き返してバビロン
                    に滞在していたアレクサンドロスのところに父の弁護のためカッサンドロスがや
                    ってきます。ところがカッサンドロス、アレクサンドロスにむかってみんながペル
                    シャ人と同じようにひれ伏して挨拶しているのを見て笑い出してしまいます。マケ
                    ドニアでは王や王子と言えども貴族や側近などは対等に話して意見を言う間柄でし
                    たから。ところがアレクサンドロスはこれに激怒し、カッサンドロスの髪を掴んで
                    壁に打ち付けるという暴力をうけます。この時のショックで、後年自分が王になっ
                    てからもアレクサンドロスの彫像を見ただけで眩暈を起こして倒れるほどになり
                    ます。

                    アレクサンドロスの突然の死、オリュンピアスは息子の死が信じられず、カッサンド
                    ロスが暗殺したと思い込みます。彼の弟イオラスがちょうど王の献酒係をしていま
                    した。この弟については何も書かれていませんが、おそらく疑われて殺されたので
                    しょう。そしてアレクサンドロスの死後、オリュンピアスは後継者争いで優位にな
                    っていたペルディッカスとエペイロス王と結婚しながらも夫が戦死して未亡人にな
                    っていた娘クレオパトラとを結婚させようとしますが、ペルディッカスはアンティ
                    パトロスの娘とも婚約をしていて、迷った末クレオパトラを選びアンティパトロス
                    を激怒させます。この時大臣アンティパトロスは70歳を過ぎていたかと思われます
                    が、まだまだ軍隊を率いて戦ったり、娘の結婚でバトルを繰り広げたりとなかなか
                    元気です。この人は80歳ぐらいで亡くなりますが、死ぬ時には女に政治を任せたり
                    してはいけないと遺言を残しています。これはもちろんオリュンピアスを頭に浮か
                    べて言った言葉でしょう。

                    その後、オリュンピアスとの争いは長男カッサンドロスに受け継がれるわけですが、
                    アンティパトロスはなぜか長男の彼ではなく、ポリュペルコンという60歳過ぎの
                    部下を後継者に指名して死んでいます。この時30代後半くらいのカッサンドロス
                    父の決定に大きな不満を抱きながらもマケドニア国内で狩をするふりをして支持者
                    を集め、プトレマイオスなどともつながりを持って力を蓄えていきます。

                    カッサンドロスはアレクサンドロスの異母兄で知的障害のあったが王位について
                    いたフィリッポス3世と彼に代わって軍隊を指揮していた王妃のエウリディケと
                    手を結びますが、この二人は戦いに敗れて捕えられ、オリュンピアスに殺されて
                    しまいます。そして最後、ようやくマケドニアの実権を握ったカッサンドロス、
                    オリュンピアスを裁判にかけ、60歳より少し前の彼女を処刑します。

                    石打の刑での処刑、カッサンドロスは、
                    「恨みのある者から石を投げよ」
                    と言っていますが、彼自身オリュンピアスに家族を殺され、味方や部下を殺され
                    てと、最も恨みが大きかったと思います。そしてオリュンピアスの方もさぞかし
                    このカッサンドロスを恨んで死んでいったことでしょう。最愛の息子を殺し(彼女
                    はそう信じている)自分を殺すこの男の名前の後に、ありったけの呪いの言葉を
                    吐いて死んだと思います。そのためかどうか、カッサンドロスの王朝は彼の息子の
                    代には兄弟で王位を争い、短命に終わってしまいます。王位を争った次男、三男
                    の名前が(長男フィリッポスはカッサンドロスの死後4ヶ月で死んでいる)アン
                    ティパトロス、アレクサンドロスというのも、因縁めいています。
                    ステラ * 創作 * 11:59 * comments(4) * trackbacks(0) * -

                    フィリッポス王暗殺事件

                    0
                      アレキサンダー プレミアム・エディション
                      アレキサンダー プレミアム・エディション
                      コリン・ファレル

                      アレキサンダーの父、フィリッポス王の暗殺事件について、まったく根拠の
                      ない、ふっと思いついた話です。

                      アレキサンダーが20歳の時、フィリッポスが暗殺されて彼が王位につくことに
                      なります。暗殺の直接の犯人は護衛兵であったパウサニアス、ちょうどアレキ
                      サンダーの妹クレオパトラと母オリュンピアスの弟でエペイロスの王となった
                      同名のアレキサンダー王の結婚式が行われた野外劇場で、暗殺事件は起こりました。

                      よく言われている動機としては、フィリッポスの愛人(男だけど)でもあった
                      パウサニアス、王に同じ名前のパウサニアスという愛人ができて嫉妬し、侮辱
                      する言葉を投げつけると、新しい愛人の方は戦いで自殺同然に死んでしまう、そ
                      して死んだパウサニアスの友人で、フィリッポスの7番目の王妃となるエウリディ
                      ケの叔父アッタロスが仕返しにラバ追いの男達にパウサニアスを陵辱させ、怒っ
                      た彼が王に訴えても、少し昇進させてくれただけでアッタロスは罰せられなくて
                      ずっと恨みに思っていた、という話です。

                      でも、恨みに思っていたからといって、結婚式をやっている劇場でわざわざ暗殺
                      などするだろうかとずっと疑問に思っていました。ここから先はまったく根拠の
                      ないデッチあげですが、そこでオリュンピアスの弟、同名でまぎらわしいので、
                      エペイロス王として登場させます。

                      オリュンピアスも元はエペイロスの王女でした。エペイロスで王位継承の争い
                      が起き、14、5歳だったエペイロスの王子をフィリッポスはマケドニアに連れ
                      帰ります。表面的には人質ということですが、安全なマケドニアで成長させて、
                      次のエペイロス王にさせようというねらいです。ものすごい美少年だったという
                      エペイロスの王子、もちろん命の恩人でもあるフィリッポスに感謝しています
                      が、その一方でマケドニアでは小姓のように扱われたことに屈辱も感じていま
                      した。

                      やがて王子は国に帰り、フィリッポスの助けもあって、無事エペイロス王に
                      なります。その後、フィリッポスとエウリディケの結婚式でのもめごとで、
                      アレキサンダーとオリュンピアスがエペイロスに亡命しますが、フィリッポス
                      王は甥にあたるエペイロス王と娘クレオパトラの結婚話を進め、その結婚式
                      に参加するという名目でオリュンピアスとアレキサンダーの帰国を促します。

                      さて結婚式当日、エペイロス王はもちろん美しいクレオパトラ王女との結婚に
                      は何の不満もありません。けれども自分達の結婚式よりも派手なパレードを
                      行い、オリュンポス12神と同じ彫像まで作ってしまうフィリッポス王に不安を
                      感じます。このままでは一生自分はフィリッポス王の、そして祖国エペイロス
                      はマケドニアの所有物、属国のような存在にされそうです。エペイロス王は
                      密かにマケドニアに滞在していた時顔なじみでもあった護衛兵のパウサニアス
                      を呼び出します。

                      エペイロス王は言葉巧みにパウサニアスに話しかけます。今のフィリッポス王
                      はエウリディケの叔父アッタロスの言いなりで、お前がひどい侮辱を受けたの
                      に罰することもしない。このままではマケドニアは滅びるのを待つばかりだ。20歳
                      になったアレキサンダー王子が王位を継いだ方が、よほどよい政治ができるに
                      違いない。王暗殺に手を貸してくれれば、すぐにエペイロスの使者が逃亡を助け、
                      亡命先の自分の国で高い地位につけよう。と、まあこんなことを言います。

                      そしてパウサニアスは隙を見て、フィリッポス王を暗殺します。元愛人で護衛兵
                      でもある彼が王に近づくのは簡単でした。そしてエペイロス王に指示された場所
                      に走りました。そこで逃亡を助ける使者が待っているはずです。けれどもエペイ
                      ロスの使者はパウサニアスを逃がすつもりなどまったくありません。彼は王に
                      命じられていた通り、混乱の中で確実に槍を投げ、パウサニアスの息の根を止めて
                      しまいます。用心深いエペイロス王は、口封じのため殺す役割の男を何人も用意
                      していました。そして自分はフィリッポス王の死を嘆き悲しむ役を演じ、姉オリュ
                      ンピアスの子アレキサンダーが王位につくのを見届けてからエペイロスに帰りま
                      す。王妃となったクレオパトラと一緒に・・・・

                      あ、これはもちろん作り話です。でも、美貌のエペイロス王が暗殺事件の黒幕
                      だった、という話もなかなかおもしろいかなあ、と書いてみました。
                      ステラ * 創作 * 09:09 * comments(2) * trackbacks(0) * -

                      ミエザの仲間達

                      0
                        これは私のイメージしたミエザ時代のアレクサンドロスとその仲間達
                        です。絵が描けたらいいなあと思いつつ、まったく自信がないので、
                        文章だけです。史実や特定の本などとはまったく関係ないあくまでも
                        個人的なイメージです。

                        アレクサンドロス
                         ミエザ入学時13歳で一番年下だが、王子であるためプライドが高く
                        勉強、運動とも他の仲間よりもずば抜けてよくできる。髪は金髪だが
                        あまり手入れをせず、いつもボサボサでライオンのたてがみのように
                        なっている。体は小さいがはっきりとした鋭い顔立ち、気性は激しく
                        熱中すると周りを忘れる。両親との関係でトラウマが多く、友人とは
                        うまく付き合うが心はなかなか開かない。

                        ヘファイスティオン
                         アレクサンドロスと同じ年。父が有力貴族や将軍でないため、他の
                        子に比べて宮廷での噂に疎いが、純粋で素直な性格のため、アレクサ
                        ンドロスが唯一心を開く友人となる。背は高いが華奢な体つきで、髪
                        は茶色で柔らかくウェーブがかかっていて、肩ぐらいの長さで切りそ
                        ろえている。顔立ちも穏やかで、時に別のことを考えて勘違いするこ
                        とも多い。

                        カッサンドロス
                         アレクサンドロスより2歳年上で入学時15歳。大臣アンティパトロスの
                        長男であるため、誰よりも早く宮廷内の情報を知り、プライドも極めて
                        高い。人の悪口やイヤミを言うのを、何よりも生きがいにしている。髪
                        は金髪で長く、手入れも行き届いている。かなりの美少年で勉強、運動
                        ともによくでき、本人も充分それを自覚して振舞っている。

                        フィロタス
                         カッサンドロスと同じ年で入学時15歳。敵が名前を聞いただけで震え上が
                        るパルメニオン将軍の長男だが、本人は気が弱く、スポーツで負けることも
                        多くコンプレックスが強い。髪は薄茶色の巻き毛で顔も色白でそばかすが
                        多い。自分に自信がなく、仲間の前でもオドオドしているが、年下の者に
                        対してはやさしい。

                        プトレマイオス
                         アレクサンドロスより5歳年上で、入学時最年長の18歳。頭もよく仲間の
                        中でリーダー的存在。体も大きく、槍を扱うのが得意。髪は黒で縮れていて
                        短い。よく日焼けしていて、目、鼻、口、それぞれの大きくてはっきりして
                        いるので、遠くから見ても一目でわかる。アレクサンドロスの妹クレオパトラ
                        に密かに片思いをしている。

                        まったく根拠はありません。適当に作ったプロフィールです。アニメか何か
                        の主人公に彼らがなったら、こんなふうにプロフィールを書くのかなあ、と
                        いう思いつき、どうかすぐ忘れてください。
                        ステラ * 創作 * 17:28 * comments(0) * trackbacks(0) * -
                        このページの先頭へ